第1話 突然ですが、コミケでプロモやるよー
「突然ですが、コミケでプロモやるよー」
月曜朝の開発フロアに、佐伯さんの声が響いた。
軽い。
声だけは、ものすごく軽い。
だが、言っている内容はまったく軽くない。
俺――宮田春樹は、手元のコーヒーを置き、ゆっくり顔を上げた。
「……今、なんて言いました?」
「コミケでプロモやるよー」
「二回言うと軽くなるやつじゃないです」
「いや、軽く言わないと俺の胃が先に終わる」
佐伯さんは、笑顔のまま胃のあたりを押さえていた。
この人は、ヒスガルのプロデューサーであり、最近は修正史管理局と偉人本人監修と競合他社炎上とサーバー負荷を同時に抱えている。
普通ならとっくに倒れている。
倒れていないのは、胃薬と責任感と諦めで動いているからだ。
会議室Bのホワイトボードには、すでに新しい議題が書かれていた。
《ヒスガル夏コミ企業ブース展開について》
その横に、黒川さんの綺麗な字で追記されている。
※公式コスプレあり。
※本人監修あり。
※本人出演は要調整。
※信長様の発言管理必須。
「最後の一行が不穏なんですが」
「必要です」
即答したのは、明智光秀だった。
銀髪、眼鏡、姿勢がよい。
そして、来社してからまだ数日なのに、すでに会議室Bの備品配置と議題進行を半分支配している。
彼女は静かに資料をめくった。
「コミケは、大衆認識が高密度に集まる場です。ヒスガルのプロモーションとして有効である一方、信長様の不用意な発言、ジャンヌ様の火刑台関連リアクション、宮田さんの成人向け同人誌に対する動揺など、複数のリスクが想定されます」
「俺の項目、いります?」
「必要です」
「なぜ」
「顔に出そうなので」
「まだ何もしてないのに信用がない」
信長が鼻で笑った。
織田信長。
猫耳半妖の第六天魔王。
ヒスガル三周年限定SSRとして現代に定着し、今は会議室の椅子に偉そうに座っている。
「宮田、貴様は顔に出る。特に都合の悪い時ほどな」
「信長さんに言われるの、納得いかないです」
「私は隠す必要がない」
「それが問題なんです」
「その通りです」
光秀が即座に同意した。
信長の耳がぴくりと動く。
「光秀、貴様はどちらの味方だ」
「炎上予防の味方です」
「またそれか」
会議室の端では、ジャンヌ・ダルクが穏やかに微笑んでいた。
白いブラウスに淡いスカート。
見た目だけなら清楚な来客だが、ヒスガル内では恒常SSR、水着限定、バレンタイン限定、そして問題の《火刑台ショコラティエ・ジャンヌ》まで実装されている。
「コミケ、ですか」
ジャンヌは静かに言った。
「人々の信仰と欲望が、同じ建物に集まる場所ですね」
「ジャンヌさんの理解が怖いです」
「間違っていますか?」
「間違ってはいないですけど、言い方が強いです」
黒川さんは、すでにタブレットで衣装ラフを開いていた。
ヒスガルのアートディレクター。
本人いわく、コスプレは資料。
周囲から見ると、資料にしては完成度が高すぎる。
「今回は、公式コスプレイヤーとしての露出も想定しています」
「公式コスプレイヤー?」
信長が眉を上げる。
「誰がだ」
「まず私が信長衣装で出ます」
自身のコスプレの画像を画面に映す。
「なぜ貴様が私の衣装を着る」
「公式衣装の再現性確認です」
「なぜ当然のように着る」
「資料ですので」
「ずいぶん似合うのが腹立たしい」
「ありがとうございます」
「褒めておらぬ!」
黒川さんは、まったく動じなかった。
「また、信長さん、光秀さん、ジャンヌさんにも、ブース内で“公式レイヤー”として立っていただく案があります」
会議室が静まり返った。
信長が言う。
「私は本人だが」
「なお、公式レイヤー登録にあたり、プロフィールシートの提出が必要です」
黒川さんが、淡々と一枚の用紙を配った。
項目は意外と普通だった。
・活動名
・コスプレ歴
・身長
・得意ポーズ
・キャラクター解釈
・注意事項
信長は用紙を見て首を傾げる。
「本人なのに、書くのか」
「書きます」
黒川さんは当然のように答えた。
「イベント運営上、必要ですので」
信長は渋々ペンを取った。
数分後。
光秀が提出された用紙を静かに読み上げる。
「活動名、『織田信長』」
「本人だ」
「コスプレ歴、『本人歴と同じ』」
「本人だからな」
「身長、『測る相手によって変わる』」
「鎧込みか否かで違う」
「得意ポーズ、『天下布武』」
「問題あるか」
「キャラクター解釈、『本人』」
「当然だ」
「注意事項、『耳に触れた者は斬る』」
「必要事項だ」
光秀は無言で赤ペンを走らせた。
「活動名、『織田信長(公式レイヤー)』」
「カッコで公式レイヤーと書くな」
「コスプレ歴、『三周年公式イベントより』」
「違う」
「身長、『公式設定に準拠』」
「違う」
「得意ポーズ、『公式撮影ポーズ各種』」
「天下布武は」
「撮影時のみ可」
「キャラクター解釈、『織田信長を尊重して演じています』」
「本人だ」
「注意事項、『耳への接触は禁止です』」
「斬るは」
「削除です」
「なぜだ」
「イベント運営上、不適切です」
信長は大きくため息をついた。




