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第33話 隣から、違いますと

 午後三時。


 レーヴァテインが再び動いた。


 高橋さんが、今度は走らず、しかし明らかに嫌そうな顔で会議室に入ってきた。


「レーヴァテイン、追加のお知らせです」


 佐伯さんが胃のあたりを押さえる。


「嫌な予感しかしない」


「はい。たぶん合ってます」


 モニターに、レーヴァテインの公式告知が映る。


 ――限定SSR《明智光秀・反逆の白刃》追加ボイス制作決定!


 ――配信で話題となった“光秀の本音”を一部ボイス化!


 ――「私は、私を一つの役割で終わらせないでください」など、印象的な台詞をゲーム内で楽しめます!


 会議室が静かになった。


 光秀の顔から、ゆっくり表情が消える。


 信長の耳が伏せる。


 佐伯さんは、深く息を吐いた。


「やってきたか」


「どういうことですか」


 光秀が静かに聞く。


 声が、昨日の配信前よりも冷たい。


 高橋さんが言いづらそうに答えた。


「配信で光秀さんが言った言葉がかなり話題になったので、それを逆にゲーム内ボイスとして取り込む、ということだと思います」


「私が、あの場で予定外に言った言葉を」


「はい」


「イベント本編とは異なる場合がある、と切り離したのに」


「はい」


「話題になったので、商品に戻すのですね」


 誰も答えなかった。


 答えなくても、わかる。


 レーヴァテインは、光秀を切り捨てた。


 だが、光秀の言葉が数字になるとわかった瞬間、その言葉だけを拾い直した。


 本人を認める気はない。


 でも、言葉は使う。


 それは昨日より、さらに露骨だった。


「さすがに抗議します」


 佐伯さんが言った。


「法務にも相談する。実在人物の権利とか、本人性とか、正直かなり曖昧だけど、少なくとも配信出演者の発言利用として確認すべき点はある」


「お願いします」


 光秀は静かに言った。


 ただ、その声には諦めが混ざっていた。


「光秀さん」


 俺が呼ぶと、彼女は少しだけ笑った。


「大丈夫です。予想していなかったわけではありません」


「でも」


「痛いです」


 彼女は、はっきり言った。


「ですが、痛いからといって、また黙るわけにはいきません」


 信長が、椅子から立ち上がる。


「よい。燃やそう」


「信長様」


「今回は燃やしてよいだろう」


「よくありません」


「なぜだ」


「それをすれば、また信長様が燃やす魔王として扱われます」


「ではどうする」


 光秀は、俺を見た。


「宮田様」


「はい」


「私の言葉を、私から切り離せない形にしてください」


 さっきも聞いた言葉だった。


 けれど、今度は意味が少し違う。


 レーヴァテインは、光秀の言葉を切り取って追加ボイスにしようとしている。


 なら、こちらはその言葉が“光秀の物語全体”の中でしか意味を持たないように書かなければならない。


 単体で消費できる名台詞ではなく。


 信長との関係、後悔、迷い、再配置、隣に立つ覚悟。


 そこまで含めて、初めて成立する言葉にする。


「わかりました」


 俺はPCを開いた。


「後日談を追加します」


 佐伯さんが俺を見る。


「今から?」


「今から」


「公開済みイベントに?」


「はい」


「追加差し込み?」


「はい」


「どれくらい?」


「短いエピローグです」


 佐伯さんは目を閉じた。


「光秀さん、進行表更新お願いします」


「すでにしています」


「早い」


 光秀は、もうタスク管理画面を開いていた。


「宮田様、執筆三十分。私の確認十五分。信長様確認五分」


「私の確認が短いぞ」


「長くすると余計な発言が増えます」


「光秀」


「事実です」


 佐伯さんが、疲れた顔で笑う。


「このチーム、早いのか遅いのかわからないな」


「面倒な分、判断は早いです」


 俺はそう言って、エピローグのタイトルを打った。


 《言葉は、ひとりで歩かせない》


 信長が画面を見る。


「堅い」


「光秀さん寄りなので」


「なるほど」


 光秀は、画面をじっと見つめている。


 俺は書き始めた。


 ――私を、一つの役割で終わらせないでください。


 その言葉は、光秀だけのものではない。


 信長を魔王で終わらせないこと。

 光秀を反逆者で終わらせないこと。

 忠義の少女という美しい名札を貼って終わらせないこと。


 そのすべてにかかっている。


 俺は、光秀の独白として続ける。


 ――言葉は、ひとりで歩きます。


 ――私の口を離れた瞬間、誰かに拾われ、飾られ、切り取られ、別の意味を与えられます。


 ――だからこそ、私は隣に立ちます。


 ――私の言葉がどこへ行くのか、見届けるために。


 ――信長様の言葉がどこへ連れていかれるのか、止めるために。


 ――そして、私自身がまた役割へ戻されそうになるなら、その時は。


 そこで手が止まる。


 次の言葉が必要だった。


 信長が、画面を見て言う。


「その時は、どうする」


 光秀は少し黙った。


 やがて、静かに答える。


「その時は、隣から言います」


「何を」


「違います、と」


 信長が笑った。


「貴様らしい」


 俺は、そのまま打った。


 ――その時は、隣から言います。


 ――違います、と。


 保存。


 光秀は、画面を見つめていた。


「これで、私の言葉は切り離されませんか」


「完全には防げないと思います」


 俺は正直に答えた。


「でも、少なくとも、切り離した時に何かが足りないと感じる形にはできます」


「何かが足りない」


「はい。あなたの言葉には、信長さんがいる。信長さんの言葉には、あなたがいる。その関係ごと読まないと、意味が足りなくなるようにします」


 光秀は、ゆっくりうなずいた。


「お願いします」


 佐伯さんが、即座に動く。


「高橋さん、追加エピローグ告知。文面は短く。レーヴァテインの件には触れない」


「はい」


「黒川さん、バナーは?」


「簡易版なら作れます」


「タイトルは?」


 俺は画面を見る。


 《言葉は、ひとりで歩かせない》


 佐伯さんは、少し考えてから首を横に振った。


「やっぱり堅い」


「ですよね」


「でも悪くない。サブタイトルにしよう」


「メインは?」


 佐伯さんは、信長と光秀を見る。


「《隣から、違いますと》」


 会議室が静かになる。


 光秀が、少しだけ目を見開いた。


「それは」


「嫌ですか?」


「いいえ」


 彼女は首を横に振る。


「とても、私らしいと思います」


 信長が鼻を鳴らす。


「確かにな。貴様は隣から一生それを言いそうだ」


「必要であれば」


「必要でなくとも言うだろう」


「必要だと判断した場合のみです」


「その判断が多いのだ」


 俺は笑いながら、タイトルを変更した。


 追加エピローグ。


 《隣から、違いますと》


 その日の夕方、ヒスガル公式は短い告知を出した。


 ――本能寺再提出 追加エピローグ公開。


 ――《隣から、違いますと》


 ――言葉は、ひとりで歩く。


 ――だから彼女は、隣に立つ。


 ユーザーの反応は早かった。


 ――タイトルが光秀すぎる。

 ――隣から違いますとは草。でも泣ける。

 ――光秀、面倒だけど必要な女。

 ――信長の隣にいてほしい。

 ――レーヴァテインがボイス化するより、こっちの方が意味がある。

 ――言葉を切り取らせないための後日談、強い。


 レーヴァテインの追加ボイス告知も、まだ伸びていた。


 だが、少しずつ流れが変わった。


 単体の名台詞として消費する流れから、文脈ごと読みたいという流れへ。


 光秀の言葉を、光秀だけでなく、信長との関係の中で受け止める流れへ。


 管理局の警告は出なかった。


 ただ、会議室のモニターに一瞬だけ白い文字が浮かんだ。


 ――文脈固定を確認。


 ――即時修正対象外。


 佐伯さんが、それを見て苦笑した。


「文脈固定……」


「なんか、褒められてるんですかね」


「たぶん、ギリギリ見逃されてる」


 ジャンヌが微笑む。


「良い傾向です。世界が、彼女たちの居場所を少しずつ例外として認め始めています」


 信長が不満そうに言う。


「例外か」


「信長様は例外がお嫌いですか」


 光秀が聞く。


「いや」


 信長は少し笑った。


「私らしくてよい」


「では、例外運用ルールを作成します」


「作るな」


「必要です」


「光秀!」


 また会議室に笑いが起きた。

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