第32話 面倒なまま、物語の中心に
明智光秀がアルカディアゲームスに加わって、最初に変わったのは会議の長さだった。
伸びた。
かなり伸びた。
「では、信長様のマイルーム会話追加分について確認します」
翌日の会議室B。
光秀は、いつの間にか作成していた議事次第をモニターに映した。
議題一。
信長様のマイルーム台詞における威圧表現の調整。
議題二。
光秀様加入後の掛け合い台詞における距離感管理。
議題三。
水着衣装検討に関する再発防止策。
議題四。
信長様の「燃やす」発言に関する代替表現一覧。
議題五。
その他。
佐伯さんが、資料を見て深くうなずいた。
「完璧ですね」
「ありがとうございます」
「佐伯」
信長が低く言う。
「それを完璧と呼ぶな」
「でも、必要な議題が全部入っています」
「議題三を消せ」
「消しません」
光秀は即答した。
「水着霊衣は、今後のブランド運用において重要な論点です」
「またブランドか」
「はい。信長様の武名、ヒスガルにおけるキャラクター価値、ユーザー期待、尊厳、季節イベント売上をすべて同時に扱う必要があります」
「尊厳と売上を同じ列に並べるな」
「並べなければ判断できません」
佐伯さんが、ものすごく感動した顔をした。
「光秀さん、本当にプロデューサー向きですね」
「ありがとうございます」
「佐伯、貴様の後任が見つかったようだな」
「いや、光秀さんにPをやらせたら、信長さんの全発言が事前承認制になります」
「それは困る」
「困るでしょう」
「だが、貴様もすぐ承認を求めるではないか」
「僕はまだ緩い方です」
信長は、納得いかないという顔で腕を組んだ。
光秀はすでに次の資料を開いている。
「まず、信長様の新規マイルーム台詞案です。宮田様、読み上げをお願いします」
「はい」
俺は原稿を開いた。
「ええと……」
画面には、昨日の深夜に書いた信長と光秀の掛け合い台詞が並んでいる。
信長。
――光秀が来てから、会議が増えた。戦より疲れる。
光秀。
――信長様が会議前に議題を提出してくだされば、時間は短縮できます。
信長。
――戦場で議題提出などするか。
光秀。
――現代では、戦場より会議室の方が人を疲弊させます。
信長。
――それは知っている。
読み上げ終わると、佐伯さんが小さく拍手した。
「いいですね。現代運営感が出ています」
「佐伯さんに刺さってますね」
「刺さるね。会議室は戦場だから」
光秀は真剣に頷いた。
「その通りです」
信長が顔をしかめる。
「貴様ら、会議を神聖視しすぎではないか」
「信長様が軽視しすぎなのです」
「私は決断が早いだけだ」
「決断が早いことと、説明を省くことは違います」
「また始まった」
俺は小さくつぶやいた。
だが、嫌な感じはしなかった。
むしろ、このやり取りそのものが、信長と光秀が本能寺の先にいる証拠のように思えた。
かつてなら、光秀は信長を止めるために書状を書いたのかもしれない。
進言を重ね、段取りを整え、火が回る前に消そうとしたのかもしれない。
だが今は、同じ会議室で言える。
それは違います、と。
その場で言える。
そして信長も、不満そうにしながら、最後までは聞く。
それだけで、過去とは違う。
「次です」
光秀が資料をめくる。
「信長様の『燃やす』発言の代替表現について」
「まだやるのか」
「重要です」
「燃やすものは燃やす」
「燃やさない方向で調整してください」
光秀は、別紙を表示した。
信長様発言置換表。
原文:燃やす。
置換候補一:見直す。
置換候補二:再検討する。
置換候補三:抜本的に改める。
置換候補四:天下布武する。
「最後だけおかしくないですか」
俺が聞くと、光秀は少しだけ視線を逸らした。
「信長様がどうしても強い表現を求める場合の妥協案です」
「天下布武もかなり強いですが」
「燃やすよりは安全です」
佐伯さんが真剣にメモを取る。
「これは使えますね。『サーバーを燃やす』ではなく『サーバーを抜本的に改める』」
「佐伯、それは意味が変わっておらぬか」
「変えたいんです」
信長は深く息を吐いた。
「本能寺を抜けたと思ったら、言葉狩りに遭っている」
「言葉は歴史を作ります」
光秀が言う。
「信長様は、それをもうご存じのはずです」
その一言で、信長は黙った。
会議室の空気が少しだけ変わる。
ギャグの中に、ふいに核心が混ざる。
信長は光秀を見た。
光秀も、逃げなかった。
「……そうだな」
信長は短く言った。
「言葉は、面倒だ」
「はい」
「だが、必要だ」
「はい」
「ならば、少しだけ付き合ってやる」
「ありがとうございます」
「ただし、天下布武は残せ」
「条件付きで」
「貴様、本当に容赦ないな」
光秀は、ほんの少しだけ笑った。
佐伯さんが小声で言う。
「今の、マイルーム会話に入れたい」
「入れます」
俺は即答した。
「宮田様」
光秀がすぐにこちらを見る。
「仮メモです」
「確認します」
「はい」
そのやり取りに、黒川さんが淡々と言う。
「自然な監修フローになりましたね」
「これ、自然なんですか」
「本人がいるので」
「本人監修、重いですね」
「重いです。でも情報量があります」
黒川さんは、光秀の横顔を見ていた。
「明智様の立ち絵修正ですが、眼鏡の反射をもう少し抑えます」
「なぜですか」
光秀が聞く。
「反射が強すぎると、冷徹な参謀感が出すぎます」
「冷徹ではありませんか」
「冷静ではありますが、冷徹ではありません」
光秀が少しだけ黙る。
信長が横から言った。
「冷徹なら、もっと楽であったろうな」
「信長様」
「貴様は冷たくなりきれぬ。だから面倒なのだ」
光秀は、返事に困ったように目を伏せた。
黒川さんは、静かにラフを直す。
「では、反射は弱めます。代わりに、視線を少し柔らかく」
「柔らかく?」
「はい。止める人ではなく、隣で見る人なので」
光秀は、その言葉を聞いて、少しだけ表情を緩めた。
「お願いします」
その場面を見て、俺は思う。
ここでは、光秀の面倒さが邪魔になっていない。
レーヴァテインでは、彼女の修正は“扱いづらさ”だった。
ここでは違う。
彼女の細かさが、信長の輪郭を守り、光秀自身の輪郭も守っている。
それが主人公サイドとライバル社の差なのだろう。
同じように商品化している。
同じように売上を見ている。
でも、面倒な本人の言葉を切り捨てるか。
面倒なまま、物語の中心に置くか。
その差が、たぶん歴史を分ける。




