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第31話 本能寺なのに、息ができます

 翌日、十二時。


 ヒスガル三周年イベント後編。


 《本能寺再提出 ――次は隣にいろ》


 が公開された。


 公開直後、SNSはざわついた。


 ――タイトル変わってる!?

 ――本能寺再提出って何w

 ――いや、読んだらめちゃくちゃ刺さるやつでは。

 ――次は隣にいろ、信長の台詞?

 ――レーヴァテイン配信の返答じゃん。

 ――でも他社批判じゃなくて、信長と光秀の話にしてるの上手い。

 ――光秀を忠義でも反逆でもなく書いてる。

 ――これはずるい。泣く。


 開発フロアで、高橋さんが叫ぶ。


「イベント、正常公開!」


「サーバーは?」


 佐伯さんが聞く。


「耐えてます!」


「ストアは?」


「問題なし!」


「SNSは?」


「燃えてます!」


 佐伯さんの顔が青くなる。


「悪い意味?」


「今のところ、良い意味です!」


「良い意味で燃えるの、心臓に悪いなあ」


 信長と光秀は、モニターの前に立っていた。


 イベントのクライマックス。


 燃える本能寺を背に、信長と光秀が並ぶ場面。


 画面の中の信長が言う。


 ――許したわけではない。


 ――責めぬわけでもない。


 ――だが、貴様が私を終わらせたかったわけではないことくらいは、知っている。


 画面の中の光秀が答える。


 ――私は、信長様を止めたかった。


 ――けれど、止め方を間違えました。


 信長が沈黙する。


 炎の音だけが残る。


 そして。


 ――ならば、次は隣にいろ。


 コメント欄が流れる。


 ――うわ。

 ――これは無理。

 ――泣いた。

 ――許したわけじゃないのがいい。

 ――和解じゃなくて並び直しなの、めちゃくちゃ良い。

 ――光秀が救われるために信長を悪者にしないのが好き。

 ――信長が光秀を許すんじゃなくて、隣に置くの強い。

 ――本能寺再提出、タイトル回収うますぎ。


 光秀は、画面を見ていた。


 ずっと。


 自分の台詞が流れるたびに、少しだけ肩に力が入る。


 信長の台詞が流れるたびに、少しだけ目が揺れる。


 そして最後のキービジュアル。


 半歩前の信長。


 その隣に立つ光秀。


 刀ではなく、戦況図を持っている。


 袖を掴む寸前の手。


 コメント欄。


 ――光秀、隣にいる。

 ――刀じゃなくて戦況図なの最高。

 ――止める人じゃなくて、並ぶ人になってる。

 ――これが見たかった。

 ――レーヴァテインの光秀も好きだけど、こっちは本人の居場所って感じ。

 ――ヒスガル、やっぱキャラの扱いがうまい。


 光秀が、小さく息を吐いた。


「私が」


 彼女は言った。


「私が、隣にいます」


 信長が腕を組んだまま答える。


「見ればわかる」


「はい」


「不満か」


「いいえ」


 光秀は、首を横に振った。


「不思議です」


「何がだ」


「本能寺なのに、息ができます」


 その言葉に、信長は少しだけ目を伏せた。


 俺は、それを見ていた。


 たぶん、これで全部解決したわけではない。


 本能寺は消えない。


 裏切り者という言葉も、魔王という言葉も、まだ世界に残る。


 レーヴァテインのイベントも、普通に売れるだろう。

 管理局も監視を続ける。

 ユーザーの解釈も、また何度も揺れる。


 でも、今。


 この瞬間だけは。


 光秀は本能寺で息ができた。


 それだけで、このイベントを出した意味はあったのだと思った。


 佐伯さんが、売上グラフを見て固まっている。


「宮田くん」


「はい」


「回ってる」


「ガチャが?」


「ガチャが」


 信長が当然のように言う。


「私がいるからな」


 光秀が静かに言う。


「今回は私もいます」


「光秀」


「事実です」


「言うようになったな」


 佐伯さんが、少し笑った。


「二人とも、回ってます」


 高橋さんが別のモニターを見て叫ぶ。


「トレンド入りました! “本能寺再提出”です!」


「書類みたいなタイトルがトレンドに……」


 俺がつぶやくと、光秀が少し誇らしげに言った。


「提出は重要です」


 信長が笑う。


「ならば、次は何を提出する」


「信長様の発言事前確認表を」


「それは却下だ」


「却下理由を記載してください」


「宮田、助けろ」


「光秀さんの方が正しい気がします」


「貴様まで!」


 開発フロアに笑いが起きる。


 俺は、その声を聞きながら、シナリオファイルの最後に一文を加えた。


 ――本能寺は、まだ燃えている。


 ――けれど今、そこに立つ二人は、もう向かい合ってはいない。


 ――信長は少しだけ前を歩き。


 ――光秀は、歩幅を合わせるようにその横を歩いていた。


 保存。


 文章は消えなかった。


 そして、その日の夜。


 ヒスガルの公式アカウントには、ユーザーからのコメントが一つ届いた。


 ――この光秀を、消さないでください。


 それを見た光秀は、長い間、何も言わなかった。


 やがて、眼鏡を押し上げる。


「宮田様」


「はい」


「次回以降の私の扱いについて、会議をお願いします」


「はい」


「信長様との掛け合い台詞、イベント後日談、マイルーム会話、衣装方針、戦闘時の役割、発言監修、すべて確認が必要です」


「はい」


 信長が遠い目をした。


「本能寺の先も、なかなか厄介だな」


 光秀が即答する。


「はい。ですが、進行表は作れます」


「作るな」


「作ります」


 佐伯さんが、なぜか嬉しそうに言った。


「光秀さん、明日から定例入ります?」


「必要であれば」


「必要です」


「佐伯!」


 信長の声が響く。


 俺は笑った。


 こうして、明智光秀はアルカディアゲームスに加わった。


 正式な社員ではない。


 契約上の立場も、まだ曖昧だ。


 でも、少なくとも彼女はもう“歴史解釈協力者”ではなかった。


 反逆の白刃でもない。


 忠義の少女でもない。


 信長の隣で、進みすぎないように歩く者。


 そして、ヒスガル運営チームにとっては。


 信長以上に面倒で、信長以上に助かる、新しい本人監修者だった。

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