↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/151

第28話 私は、その救いを選びたくない

 光秀は、まだ戸惑っていた。


 信長は、不満そうに腕を組んでいる。


 佐伯は、二人の間に置かれた資料を見て、なぜか新しい議題を作り始めている。


 黒川は、光秀の衣装をじっと観察していた。


「光秀様」


「はい」


「その眼鏡、戦闘時も着用されますか」


「必要であれば」


「では、反射光を演出に使えます」


「演出?」


「はい。知性と制止の記号として」


「……反逆ではなく?」


「反逆ではなく」


 光秀の表情が、少しだけ和らいだ。


「それなら、お願いします」


 信長が、横から言った。


「私より目立たぬ程度にな」


「信長様」


「何だ」


「そういうところです」


「どういうところだ」


「後ほど議題にします」


「するな」


 佐伯が、心底うれしそうに言った。


「光秀さん、議題化が早い」


「ありがとうございます」


「褒めておらぬ!」


 信長の声が会議室に響いた。


 宮田は笑いながら、そのやり取りをメモした。


 本能寺はまだ終わっていない。


 レーヴァテインのイベントも、管理局の監視も、ユーザーの解釈も、この先まだ何度も二人を役割へ戻そうとするだろう。


 けれど、少なくとも今。


 織田信長と明智光秀は、同じ会議室にいた。


 討つ者と討たれる者ではなく。


 魔王と反逆者ではなく。


 面倒なトップと、面倒な実務責任者として。


 それは歴史として正しいかどうかはわからない。


 でも、彼女たちがもう一度生きるための物語としては、たぶん間違っていない。


    ◇


 翌朝。


 アルカディアゲームスの会議室Bには、いつもより一人多かった。


 宮田春樹。


 佐伯亮介プロデューサー。


 黒川さん。


 織田信長。


 ジャンヌ・ダルク。


 そして、明智光秀。


 会議室のホワイトボードには、大きくこう書かれている。


 《本能寺再提出 ――次は隣にいろ》


 その下に、佐伯さんの字でこう追記されていた。


 ※公開予定:明日十二時。

 ※現実的にはかなり無理。

 ※でもやる。


「三行目、必要ですか」


 俺が聞くと、佐伯さんは真顔でうなずいた。


「必要。現実認識は大事だから」


「現実認識というより悲鳴に見えます」


「悲鳴も現実だからね」


 佐伯さんの隣では、光秀がすでに進行表を作っていた。


 来てまだ半日も経っていないのに、彼女はアルカディアの共有フォルダ構造を理解し、タスク管理ツールにアカウントを作り、開発チームの進捗を色分けしていた。


 怖いくらい早い。


「宮田様」


「はい」


「現時点で、本文未完了箇所が三十二パーセント。信長様台詞の要確認箇所が十七件。私の台詞における自己弁護過多の懸念が五件。レーヴァテイン社との表現衝突可能性が八件。水着衣装関連の不用意な伏線が二件あります」


「最後の二件、拾わなくていいです」


「拾います」


「はい」


 信長が腕を組んで言った。


「光秀、貴様、現代に馴染むのが早すぎぬか」


「必要でしたので」


「必要なら何でもできるのか」


「信長様が必要と言ったことを、周囲が何とかする構造に慣れております」


「皮肉か」


「事実です」


 信長が黙った。


 佐伯さんが、深くうなずく。


「光秀さん、わかる……」


「佐伯、貴様は朝からどちらの味方だ」


「進行の味方です」


 佐伯さんは胃を押さえながら言った。


「そして進行は、だいたい光秀さんの味方です」


「ならば進行ごと燃やす」


「燃やさない」


 光秀が即座に言った。


「進行を燃やすと、最終的に宮田様が燃えます」


「俺ですか」


「はい。シナリオ担当ですので」


「現代の本能寺、だいたい俺の机で起きてますね」


 ジャンヌが穏やかに微笑む。


「火の扱いには気をつけましょう」


「ジャンヌさんが言うと、重いです」


「経験則です」


 朝から会議室は混沌としていた。


 だが、その混沌は嫌なものではなかった。


 少なくとも、レーヴァテインの配信スタジオで見たような、誰かの言葉を売れる形に削っていく空気ではない。


 ここでは、面倒な言葉が面倒なまま机に置かれている。


 信長の怒り。


 光秀の後悔。


 佐伯さんの胃痛。


 黒川さんの衣装へのこだわり。


 ジャンヌの聖女らしい皮肉。


 そして俺の、まだ形になりきっていない物語。


 全部が邪魔で、全部が必要だった。


「では、後編の確認に入ります」


 佐伯さんが資料を配る。


「今回の目的は三つ。ひとつ、レーヴァテイン側の“反逆の白刃”イメージに対して、ヒスガル側の解釈を提示する。ふたつ、信長さんを“止められるべき魔王”へ戻さない。三つ、光秀さんを“反逆者”にも“忠義の少女”にも閉じ込めない」


「四つ目です」


 光秀が手を挙げる。


「信長様の突発的な不適切発言を避ける」


「それは運営目的です」


「重要です」


「はい。重要です」


 信長が不満そうに耳を動かす。


「私の発言を最初から危険物扱いするな」


「信長様」


 光秀は淡々と言った。


「昨日の配信スタジオで、プロデューサーを燃やそうとされました」


「燃やしておらぬ」


「燃やそうとはされました」


「未遂だ」


「未遂だからこそ、今ここで会議ができています」


 佐伯さんが真剣にうなずいた。


「未遂で済ませるの、大事」


「貴様ら……」


 信長は不満げにしていたが、昨日のような危うさはなかった。


 光秀が隣にいる。


 ただそれだけで、信長の炎が少しだけ形を持つ。


 止められているのではない。


 隣で支えられている。


 俺はその感覚を、シナリオに落とし込まなければならなかった。


「宮田様」


 光秀が俺を見る。


「はい」


「第一幕のこの部分ですが、レーヴァテイン社のイベントを直接批判しすぎています」


「やっぱり強いですか」


「はい。“他社の作った檻”という表現は、物語としてはわかりやすいですが、現実の企業対立として読まれる危険があります」


 佐伯さんが頷く。


「そこは光秀さんに賛成。うちは他社批判イベントをやるわけじゃない」


「では、“他社”を消して、“別の物語”にします」


 俺は修正する。


 ――別の物語が、光秀を“反逆の白刃”と呼んだ。


 光秀は画面を確認し、うなずいた。


「こちらの方がよいです」


「理由は?」


「敵を会社に置くのではなく、役割へ置けます」


「なるほど」


「レーヴァテイン社は不誠実でしたが、彼らだけが問題なのではありません。人は、わかりやすい役割を好みます。私も、その役割に縋ろうとしました」


 信長が光秀を見る。


「貴様自身もか」


「はい」


「裏切り者ではなくなりたかったか」


「はい」


「忠義の少女ならよかったか」


 光秀は、少しだけ間を置いた。


「少しは、楽だったと思います」


 会議室が静かになる。


 光秀は続けた。


「私は悪くなかった。信長様を止めるしかなかった。そう言ってもらえれば、たぶん楽でした」


「だが、違ったか」


「はい」


 光秀は信長を見た。


「その言葉で私が楽になれば、今度は信長様が悪くなります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。