第23話 今が、その公開後です
信長は、その背中を見送る。
俺たちも続こうとしたが、スタッフに止められた。
「すみません、ここから先は出演者と関係者のみで」
佐伯さんが名刺を出そうとする。
だが、信長がそれを止めた。
「よい」
「信長さん?」
「あやつが行くと言った。なら、まずは見届ける」
信長はモニターの前に立った。
廊下の壁に設置された確認用モニターには、配信画面が映っている。
待機画面。
開始まで十秒。
九。
八。
七。
光秀は、画面の向こう側に座ることになる。
自分を商品として扱う配信の中で、自分の言葉を取り戻せるのか。
わからない。
でも、彼女は行った。
三。
二。
一。
レーヴァテインの公式配信は、予定通り二十時に始まった。
画面には、明るいBGMとともにイベントロゴが映る。
《本能寺リライト ――明智光秀、反逆の白刃》
燃える本能寺。
白い刃。
涙をこらえた銀髪の少女。
司会が笑顔でタイトルコールをした。
「皆さんこんばんは! 本日は新イベント《本能寺リライト ――明智光秀、反逆の白刃》公開記念生放送です!」
コメント欄が勢いよく流れる。
――来た!
――光秀ちゃん待ってた。
――ヒスガル信長への対抗感すごい。
――反逆の白刃、名前が強い。
――本能寺解釈バトル開幕。
配信スタジオ裏の廊下で、宮田たちは確認用モニターを見ていた。
信長は腕を組んで黙っている。
猫耳は帽子の下に隠していたが、不機嫌そうに布地がわずかに揺れていた。
佐伯は胃のあたりを押さえながら、低く言った。
「売れるね、これは」
「ですね」
宮田は答えた。
「嫌な言い方をすると、強いです」
「うん。嫌だけど強い。コピーも絵も、刺さるところをちゃんと突いてる」
その隣で、ジャンヌが静かに画面を見つめている。
「だからこそ、危険です」
画面では、レーヴァテインのプロデューサーが語り始めていた。
「今回のテーマは、誰もが知る本能寺です。ただ、今回は信長側ではなく、明智光秀側から本能寺を見直すという挑戦をしています」
司会がうなずく。
「明智光秀というと、どうしても“裏切り者”というイメージがありますよね」
「そうですね。でも本当にそうだったのか。彼女はなぜ、信長に刃を向けるしかなかったのか。そこを、かなり丁寧に描いています」
丁寧。
その言葉に、宮田は少しだけ眉を寄せた。
丁寧という言葉ほど、便利な包装紙はない。
「そして今回は、制作にあたりまして、本能寺解釈に非常に深い知見をお持ちの方にもご協力いただきました」
司会が明るく言った。
「本日は、その歴史解釈協力者の方にもお越しいただいております!」
画面が切り替わる。
端の席に、光秀が座っていた。
銀髪。
眼鏡。
白いブラウスに紺のスカート。
姿勢は美しい。
しかし、硬い。
緊張しているのだと、宮田にはすぐにわかった。
「本日は、本イベントの歴史解釈にご協力いただきました、ええと……」
司会が台本を見る。
「明智さんにお越しいただいております!」
名前は、名字だけだった。
明智光秀ではなく。
明智さん。
光秀は、ほんの少しだけ目を伏せた。
けれど、すぐに顔を上げる。
「明智光秀です」
スタジオの空気が、一瞬だけ止まった。
司会はすぐに笑顔を戻す。
「あ、はい! 明智光秀さん、ということで。本日はよろしくお願いします!」
コメント欄がざわつく。
――自称w
――なりきり監修者?
――濃いな。
――キャラ作りすごい。
――ガチ勢呼んだのか。
――でもビジュ良い。
信長の目が細くなった。
「笑うところではなかろう」
その声は低かった。
宮田は何も言えなかった。
司会が話を続ける。
「それでは明智さん。今回のイベントですが、やはり注目は“明智光秀は裏切り者だったのか?”という部分ですよね」
光秀は、少しだけ間を置いた。
「その問いの立て方には、注意が必要です」
スタジオの笑顔が、わずかに固まる。
「と、言いますと?」
「裏切り者だったのか、忠義だったのか。その二択にすると、また光秀は本能寺で信長様に刃を向けた者として固定されます」
光秀の声は静かだった。
「本当に問うべきなのは、なぜ止める役目を一人が背負うことになったのかです。信長様は、ただ焼くために進んだわけではありません。光秀もまた、ただ討つために刃を取ったわけではありません」
コメント欄の流れが変わる。
――お?
――ガチ解説きた。
――台本っぽくない。
――信長様呼びなんだ。
――なんか深い。
司会が、慌てたように笑顔を作った。
「なるほど! まさに今回のイベントでも、その“止めるしかなかった光秀”の苦悩を描いているわけですね!」
「いえ」
光秀は即答した。
プロデューサーの眉が、一瞬だけ動いた。
「止めるしかなかった、という言葉も慎重に扱うべきです。それだけでは、信長様が止められるべき存在であったという前提を作ってしまいます」
「ええ、もちろんそこは本編で丁寧に」
「PVでは、そう見えませんでした」
スタジオの空気が凍った。
廊下にいた佐伯が、小さく息を呑む。
「言った」
宮田も拳を握っていた。
光秀は続ける。
「私は、事前に修正を求めました。信長様を単純な魔王として描かないでくださいと。光秀を、反逆の刃として置かないでくださいと」
「明智さん」
プロデューサーが、笑顔のまま割り込む。
「そのあたりは、制作上いろいろな調整がありまして」
「調整とは、何ですか」
「ユーザーさんにわかりやすく届けるための演出です」
「わかりやすさで、また人を閉じ込めるのですか」
その一言で、コメント欄が一気に加速した。
――え、何これ。
――監修者がキレてる?
――台本?
――プロレス?
――これ演出なの?
――わかりやすさで人を閉じ込める、強い。
――空気やばくない?
プロデューサーは笑顔を崩さない。
だが、目は笑っていなかった。
「明智さん、今回のイベントはあくまでゲームの物語ですので」
「物語だからこそです」
光秀は言った。
「物語は、人の位置を決めます」
その言葉に、宮田は胸を突かれた。
信長も、じっと画面を見ていた。
「私は、裏切り者として置かれたくありませんでした。だから、こちらに協力しました。けれど、裏切り者ではなく、反逆の白刃として置かれるのなら、それは別の名前の檻です」
コメント欄が流れる。
――檻。
――この人、何者?
――自称光秀ガチすぎる。
――台本じゃなくない?
――運営、焦ってる。
――これ放送事故?
司会が慌てて進行を戻そうとした。
「え、ええと、つまり今回のイベントでは、光秀の新しい魅力を」
「私を魅力的にするために、信長様を討たれるべき魔王にしないでください」
光秀は、まっすぐカメラを見た。
「私は、信長様を終わらせたかったのではありません」
その瞬間、信長の耳がぴくりと動いた。
廊下の明かりが、わずかにちらつく。
ジャンヌが小さく言った。
「修正史が反応しています」
「管理局ですか」
「直接ではありません。もっと曖昧なものです」
「曖昧?」
「本能寺という固定された物語が、揺れています」
画面の中で、プロデューサーが口を開く。
「明智さん、お気持ちはよくわかりました。ただ、放送時間もありますので、ここで新キャラの性能紹介に」
「まだ終わっていません」
光秀の声は静かだった。
だが、さっきまでよりも強かった。
「私は、信長様を止めようとしました。けれど、それはあの方を“悪”として討つためではありません。止めなければ、周囲が壊れると思ったからです」
佐伯が、息を呑む。
「私は、道を整えようとしました。火を消そうとしました。反発を抑え、進言し、説明し、調整し、何度も、何度も」
光秀の手が、膝の上で握られている。
「けれど、止める役目を背負った者は、やがて裏切り者と呼ばれます」
コメント欄の流れが変わっていく。
――これは……
――なんか刺さる。
――中間管理職じゃん。
――止め役が悪者になるやつ。
――わかる。
――光秀つらい。
――でも信長を悪者にするのも違うってことか。
――この人の話の方がイベントより面白くない?
プロデューサーの顔が、明らかに硬くなった。
彼にとって、光秀の言葉はもう商品価値を超えていた。
制御できない。
予定された売り方から外れている。
「明智さん」
プロデューサーが、今度は少し強めに言った。
「その話は、また別の機会に」
「別の機会とは、いつですか」
光秀が聞き返す。
プロデューサーは詰まった。
「本日、このイベントは公開されました。PVも、バナーも、キャッチコピーも、もうユーザーに届いています。公開後に反応を見て調整すると、あなた方は言いました」
光秀は、初めてプロデューサーを正面から見た。
「今が、その公開後です」
スタジオが完全に沈黙した。




