第18話 歴史監修協力者様
光秀が会議室を出たあと、プロデューサーはしばらく閉じた扉を見ていた。
企画担当が、気まずそうに言う。
「……配信、本当に出しますか」
「出す」
プロデューサーは即答した。
「でも、今日の感じだと本番でもかなり口を挟むと思いますよ」
「だから出すんだよ」
「どういう意味ですか」
プロデューサーは、ノートPCに表示された光秀のキャラクタービジュアルを見た。
銀髪。
眼鏡。
整った姿勢。
冷静で、堅物で、どこか痛々しい雰囲気。
そして、現実の彼女もまた、それに近かった。
いや、近すぎた。
自称・明智光秀の変な女。
面倒くさい監修者。
いちいち表現に口を出し、タイトルに文句を言い、信長の扱いにまで細かく修正を求める。
普通なら、表に出さない。
だが、今回は違う。
「見た目がいい」
プロデューサーは言った。
「え?」
「明智光秀のコスプレか何か知らないが、ハマってる。銀髪、眼鏡、堅物っぽい喋り。キャラの実写版みたいなもんだ。配信に出せば、絶対コメントが動く」
「でも、本人はかなり企画に反発しています」
「そこは進行で抑える」
プロデューサーは軽く言った。
「台本を渡す。話を振る場所を絞る。長くなりそうなら司会が切る。危ない話になったら性能紹介かキャンペーン情報に逃がす。生放送なんて、そういうものだ」
「うまくいきますかね」
「いくよ」
その声には、根拠のない自信があった。
いや、根拠はあった。
これまで彼は、そうやって何度も面倒なものを処理してきた。
こだわりの強い監修者。
語りすぎるライター。
話が長いゲスト。
炎上しそうなコメント。
現場で食い違った認識。
それらはすべて、台本と進行と時間管理で丸められる。
少なくとも、彼はそう思っていた。
「あの人の話、たしかに細かいですけど、熱量はありますしね」
企画担当が言う。
「そう。そこだけ使えばいい」
プロデューサーはうなずいた。
「“明智光秀への解像度が高すぎる謎の美女監修者”として出す。コメントは盛り上がる。イベントの説得力も増す。ヒスガルの信長に対して、こっちは本気で本能寺を掘ってます、という顔ができる」
「名前は出します?」
「出さない。明智さん、でいい。本人が明智光秀を名乗っても、そこは笑いにできる」
「笑いに」
「重くしすぎるな。視聴者は面白がる。『ガチ勢だ』『なりきりすごい』ってな」
企画担当は、少しだけ迷った顔をした。
「それ、本人が嫌がりませんか」
「本人って何だよ」
プロデューサーは鼻で笑った。
「本物の明智光秀なわけないだろ」
「まあ、それはそうですが」
「面倒な女ではある。だが、商品価値はある。うまく使えば、今後のイベントのプロモーションにも繋がる」
彼は、配信用の進行台本を開いた。
光秀の発言箇所には、短い質問だけが並んでいる。
――今回の光秀の魅力は?
――本能寺を明智側から描く面白さは?
――ユーザーに注目してほしいポイントは?
答えが長くなりすぎないよう、司会の割り込み指示も入れてある。
――長くなった場合、性能紹介へ移行。
――信長側の解釈に踏み込みすぎた場合、イベント本編で確認してくださいと誘導。
――ヒスガルへの直接言及は避ける。
「大丈夫だ」
プロデューサーは言った。
「本番に乗せれば、こっちのものだ。あの人がどれだけ細かく言っても、配信の流れまでは壊せない」
それは、高をくくった判断だった。
光秀を、人としてではなく、扱いづらいが見栄えのする素材として見た判断だった。
光秀は会議室を出るとレーヴァテイン社の廊下を歩いていた。社員たちが、忙しそうに行き交っている。
誰も、彼女を見ていない。
見ているとしても、それは“変な監修者”としてだ。
明智光秀としてではない。
彼女は、胸元の名札を見た。
来客用の白いカード。
そこには、手書きでこう書かれている。
歴史監修協力者様。
名前すら、ない。
光秀は、静かにカードを外した。
そして、受付の返却箱に置いた。




