第19話 本能寺、再提出
同じ日の夜。
アルカディアゲームスの開発フロアでは、レーヴァテインのPVが流れていた。
誰も口を挟まなかった。
燃える本能寺。
進み続ける魔王。
止めるために刃を取る少女。
そして最後の台詞。
――私は裏切ったのではありません。
――魔王を止めるため、刃を取ったのです。
動画が終わる。
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、佐伯さんだった。
「これは、売れる」
その声は苦かった。
「売れるし、刺さるし、たぶんユーザーも光秀さんに同情する」
「はい」
「でも、ひどい」
佐伯さんは画面を見たまま言った。
「光秀さんの言葉を使って、光秀さんをまた閉じ込めてる」
信長は黙っていた。
腕を組み、画面を見つめている。
その顔からは、感情が読めなかった。
「信長さん」
俺が呼ぶ。
「……私は」
信長は低く言った。
「私は、あやつに止められるために進んだのではない」
「はい」
「だが、あやつが私を止めようとしたことも、嘘ではない」
「はい」
「それを、このように切り取るか」
信長の声には、怒りがあった。
だが、それ以上に。
傷ついたような響きがあった。
「宮田」
「はい」
「光秀は、これを見たと思うか」
「たぶん」
「なら、怒っているだろうな」
「怒っていますかね」
「怒っている。だが、たぶん自分を責めてもいる」
信長は、苦い顔で笑った。
「あやつは、そういう女だ」
佐伯さんが小さくうなずく。
「わかります」
「佐伯、貴様はわかりすぎだ」
「すみません」
俺は、後編シナリオを開いた。
画面には、さっきまで書いていた没案が残っている。
――光秀は、裏切り者ではなかった。
――本当は、信長を守ろうとしていた。
そこまで書いて、手が止まった。
違う。
それでは結局、光秀を救うために信長を「止められるべき存在」にしてしまう。
「宮田」
信長が静かに言った。
「はい」
「貴様は、光秀を救うために私を悪者にするか」
「……」
答えられなかった。
そんなつもりではなかった。
でも、そう読める物語を書こうとしていた。
「違います」
小さく言ったのは、ジャンヌだった。
「誰かを救うために、誰かを役割へ戻してはいけません」
俺は、画面の文章を全部消した。
今なら、少しだけわかる。
これは、信長と光秀のどちらが正しかったかを書く話ではない。
信長が魔王だったのか。
光秀が忠臣だったのか。
裏切りだったのか。
忠義だったのか。
その二択にした瞬間、また本能寺に戻る。
書くべきなのは、その手前だ。
誰かを止める役目を、なぜ一人が背負わされたのか。
誰かを進ませるために、誰が後始末をしていたのか。
信長はなぜ、止まれなかったのか。
光秀はなぜ、止めるしかないと思ったのか。
そして。
その二人を、後世がどれほど都合よく役割へ閉じ込めたのか。
俺はキーボードに指を置く。
見出しを打つ。
《本能寺再提出》
佐伯さんが横から覗き込む。
「再提出?」
「はい」
「差し戻しじゃなくて?」
「差し戻しだと、管理局や修正史に戻される感じがするので」
「なるほど」
「光秀さんと信長さんが、自分たちで本能寺をもう一度提出し直す話にします」
信長が、こちらを見る。
「誰に」
「後世に」
「大きく出たな」
「ゲームなので」
「便利な言葉だ」
俺は続けて打つ。
――これは、魔王を止めた少女の物語ではない。
――これは、裏切り者ではなかったと弁明する物語でもない。
――これは、一人の進軍と、一人の制止が、どちらも役割にされてしまった本能寺を、もう一度提出し直す物語である。
保存。
画面が一度だけちらついた。
修正史管理局の警告は出ない。
だが、どこか遠くで何かが反応したような感覚があった。
ジャンヌが、静かに言った。
「始まりましたね」
「何がですか」
「本能寺の再審ではなく」
ジャンヌは、信長を見る。
「本能寺の再提出です」
信長は鼻を鳴らした。
「面倒な書類だ」
佐伯さんが言う。
「書類は面倒です。でも、出さないと通りません」
「貴様まで言うか」
信長は呆れたように笑った。
俺は画面の文章を見る。
レーヴァテインのイベント公開は明日。
ヒスガル後編公開は二日後。
時間はない。
でも、書くべきものは少し見えてきた。
信長を商品にしない。
光秀を商品にしない。
どちらかを悪者にして、もう片方を救ったふりもしない。
本能寺という巨大な役割の檻から、二人を出す。
たぶん、それが進むべき、活かすべき修正だ。




