第10話 全部です
本人監修会議は、驚くほど穏やかに終わった。
修正点。
ノートを少し大きくする。
以上。
これまでの監修を思えば、奇跡である。
「宮田くん」
佐伯さんが小さく呟いた。
「今回、胃薬いらないかもしれない」
「まだ始まったばかりですよ」
「そういうこと言わないで」
もう胃のあたりを押さえていた。
いつもの佐伯さんだった。
会議が終わると、それぞれ仕事へ戻る。
信長は新しい企画資料を読み始め、光秀は監修内容を議事録へ整理し、ジャンヌは配信用の台本をチェックしていた。
妲己は退屈そうに伸びをしている。
そして、ガリレオは会議室の窓辺に立っていた。
じっと外を見ている。
五分。
十分。
ほとんど動かない。
「……見飽きません?」
俺が尋ねる。
「はい。毎日違いますので」
ビル街だ。
道路が一本。
向かいのオフィス。
コンビニ。
特別な景色ではない。
「何を見てるんですか?」
「全部です」
「全部?」
「雲、風、影、歩く人、車、鳥」
一つずつ数えるように答える。
「毎日、少し違います」
「そこまで見るんですね」
「観測ですから」
本人にとっては、それが当たり前らしい。
俺は少し笑う。
「じゃあ、ゲーム会社より研究所の方が向いてません?」
「そうでしょうか」
「一日中観察できますし」
「でも」
ガリレオは少し考えてから言った。
「ここにも、見るものはたくさんあります」
「ここに?」
「はい。皆さんです」
「俺たち?」
ガリレオは俺を見る。
「宮田さんは、考える時に右上を見ます」
「え?」
「佐伯さんは、胃が痛くなる少し前に、右手でここを押さえます」
ガリレオが自分のみぞおちの辺りを示した。
俺は佐伯さんを見る。
「……見てたんですか」
「はい」
佐伯さんは無言で右手を下ろした。
今まさに同じ場所を押さえていた。
「黒川さんは、線を引く前に一度だけ息を止めます」
俺は黒川さんを見る。
ちょうどラフを描いていて、ペン先が画面へ触れる直前、一瞬だけ呼吸が止まった。
本当だ。
「光秀さんは、会話の途中でも議事録を更新しています」
「しております」
本人が認めた。
「信長さんは退屈になると椅子を揺らします」
「揺らしておらぬ」
そう言いながら、椅子が揺れている。
「妲己さんは」
ガリレオがソファを見る。
「寝ているようで聞いています」
妲己がわずかにみじろぎした。
「聞いておらぬ」
「起きてるじゃないですか」
「寝言じゃ」
「便利ですね、その寝言」
妲己は返事の代わりに寝返りを打ち、こちらへ背を向けた。
否定はしなかった。
「そんな細かいところまで見てるんですね」
「はい」
「疲れません?」
「少し」
ガリレオは、ほんの少しだけ笑った。
「でも」
また窓の外を見る。
「見えてしまいますので」
自然な言い方だったので、俺もそれ以上は聞かなかった。




