第9話 まぎれもなく私です
黒川さんが昨夜完成させたラフをモニターへ映す。
「こちらが現時点でのガリレオさんのデザイン案です」
ガリレオは画面を見る。
じっと。
本当にじっと見つめる。
一分ほど経っても、何も言わない。
沈黙が続き、俺は少し不安になる。
「……何か違いますか?」
ようやくガリレオが口を開いた。
「違いません」
「本当に?」
「はい」
「修正点とか」
「ありません。まぎれもなく私です」
あっさりだった。
会議室が静まり返る。
信長が腕を組む。
「早いな」
「信長様でしたら、この段階で三十項目ほど修正が入ります」
光秀が真顔で言う。
「数えたのか」
「前回は三十二項目です」
「数えていたか」
ジャンヌが小さく笑う。
佐伯さんも肩の力を抜いた。
「助かった……」
「ただ」
ガリレオが画面を見たまま言う。
全員の背筋が伸びる。
「一つだけ」
来た。
俺は身構える。
「このノートですが」
「はい」
「少し小さいです」
「……ノート?」
「はい。もう少し大きい方が書きやすいです」
それだけだった。
黒川さんがすぐに頷く。
「承知しました。少し大きくいたします」
「ありがとうございます」
また終わった。
これだけだった。
佐伯さんが思わずつぶやく。
「……平和だ」
信長も頷く。
「平和だな」
「平和ですね」
俺も同意する。
今までで一番穏やかな本人監修だった。
その時、ガリレオがふと窓の外へ視線を向けた。
会話の途中だった。
誰もいない道路。
向かいのビル。
その間の細い路地。
じっと見つめている。
数秒。
十秒。
二十秒。
黒川さんが静かに尋ねる。
「ガリレオさん、何か気になりますか」
ガリレオは窓の外を見たまま、小さく首を振った。
「……いいえ」
「そうですか」
「確認しただけです」
「何をですか?」
俺が聞く。
ガリレオは少しだけ考えたあと、穏やかに答えた。
「昨日も、あそこは行き止まりでしたか」
俺は窓の外を見る。
細い路地は、十メートルほど先で壁に突き当たっている。
そんな場所のことなど、気にしたこともない。
「……たぶん」
「そうですか」
ガリレオは安心したように、小さく微笑んだ。
その笑顔の意味を、この時の俺たちはまだ誰も知らなかった。




