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第6話 昨日も、この空でしたか?

少女は空を見上げていた。


 街灯の白い光よりも、その向こうにある夜空を。


 駅前の大通り。


 人通りはまだ多い。


 それなのに、彼女だけが時間から取り残されたように静かだった。


 飾り気のない白いワンピース。


 片手には古びたノート。


 そして、その顔は数時間前まで黒川さんが描いていたラフ、そのままだった。


 嫌な予感しかしない。


「……あの」


 少女がこちらを見る。


 穏やかな目だった。


 眠そうにも見えるけれど、どこか遠くを見ているようでもあった。


「昨日も、こうでしたか?」


 第一声が、それだった。


「え?」


 思わず聞き返す。


 少女は夜空を見上げたまま、もう一度尋ねた。


「昨日も、この空でしたか?」


「いや……」


 昨日の夜空なんて、考えたこともない。


「たぶん、同じじゃないですか?」


「たぶん」


 少女はその言葉を繰り返した。


「……そうですか」


 小さく頷く。


 納得したのか、していないのかも分からない。


 ノートを開き、さらさらと何かを書き込む。


「何を書いてるんですか?」


「観測です」


「空の?」


「はい」


 それだけ答えて、また空を見上げる。


 会話が終わった。


 いや、終わってしまった。


 俺は改めて少女を見る。


 星を模した小さな髪飾り。


 胸元の装飾。


 抱えたノート。


 そして、どこか現代離れした服装。


 間違いない。


 ガリレオだった。


「……ですよね」


 俺は頭を抱えた。


 来た。


 また来た。


 信長。


 光秀。


 ジャンヌ。


 妲己。


 そして今度はガリレオ。


 もう偶然では説明できない。


「ガリレオさん」


 試しに呼んでみる。


 少女はこちらを見る。


「はい」


 返事をした。


 終わった。


 本物だった。


「その……今日は、どちらから?」


「歩いてきました」


「どこからですか?」


 少し考える。


「わかりません」


「わからない?」


「気が付いたら、歩いていました」


 前回までと同じだった。


 とりあえず保護しなければ。


 ……だが、時刻は夜九時を過ぎている。


 会社へ戻るには遅い。


 自宅に連れて帰るのは、いわゆる『絵面がまずい』。


 佐伯さんへ電話したら、胃薬ごと倒れる。


「少し待っていてください」


「はい」


 少女は素直に頷いた。


 逃げる様子もない。


 俺はスマートフォンを取り出した。


 この時間に相談できる相手は、一人しかいない。


 黒川さん。


 数コールで電話が繋がる。


『はい、黒川です』


「すみません、夜分に」


『宮田さん? どうかされましたか』


「来ました」


『……誰がでしょう』


「ガリレオさんです」


 電話の向こうが静かになった。


 数秒。


『本当に?』


「自称ですが」


『写真、送れますか』


 俺は少女へ向けてスマートフォンを構える。


「写真を撮ってもいいですか?」


「記録ですか?」


「はい」


「でしたら、どうぞ」


 一枚撮り、そのまま黒川さんへ送信した。


 既読が付く。


 数秒後。


『……私のラフ、そのままですね』


「ですよね」


『また、ですか』


 黒川さんの声は驚いていたけれど、取り乱してはいない。


 これまでの経験が、常識を少しずつ壊してしまっている。


『宮田さん、そのまま会社へ来るのは難しいですね』


「もう夜も遅いですからね」


『でしたら、偉人レジデンスへお願いしましょう』


「光秀さんですね」


『はい。急な受け入れでしたら、一番安心できます』


 確かに。


 生活能力だけなら、あの人は全偉人の中でも群を抜いている。


「光秀さんに連絡します」


『私も向かいます。宮田さん一人では大変でしょうから――絵面的に』


 最近、黒川さんのジョークはキレが良くなってきている。


「ええ、まあ。何というかその通りです」


『駅前でしたね』


「はい」


『十分ほどで着きます』


 電話が切れる。

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