第5話 本人監修には、少し早すぎる
会議が終わると、信長はジャンヌと何か話しながら出ていき、光秀は妲己を抱えようとして威嚇され、黒川さんはタブレットを持ったまま俺の隣へ来た。
「宮田さん」
「はい」
黒川さんが、完成したばかりのラフを見せる。
星を見上げる少女。
片手には観測ノート。
風に揺れる髪の間から、両方の目が静かに空を映している。
「ひとまず、この方向で進めようと思います」
「いいと思います。不思議ちゃんですけど、変人すぎない」
「はい。理由のない奇行にはしたくありません」
「昨日もこうでしたか、も使えそうですね」
「印象に残る台詞だと思います」
黒川さんはラフへ視線を落とした。
「ただ」
「何かありますか?」
「少しだけ、気になります」
「どこが?」
「この方が何を見て、その言葉を尋ねているのかです」
俺は画面を見る。
そこにいる少女は、星を見ている。
少なくとも、俺にはそう見えた。
「昨日と今日の星の違いじゃないですか」
「そうですね」
黒川さんは頷いた。
「おそらくは」
妙な言い方だった。
けれど、すぐに黒川さんはいつもの調子に戻った。
「ラフは今夜中に整理しておきます。宮田さんも、あまり遅くならないようになさってください」
「努力します」
「努力ではなく、帰宅してください」
「佐伯さんみたいなことを言いますね」
「佐伯さんから頼まれていますので」
監視役まで手配されていた。
その後、俺は自席に戻り、ガリレオの設定をまとめた。
星を愛する少女。
見たものを記録する。
昨日と今日の違いを確かめる。
少し会話がずれるけれど、本人にとってはすべて真剣。
最後に、キャラクター紹介用の台詞を入力する。
――昨日も、こうでしたか?
保存する。
時刻は、午後九時を回っていた。
俺はパソコンを閉じ、誰もいなくなった開発フロアを出た。
外はよく晴れていて、ビルの間にいくつか星が見える。
昨日と同じ星かどうかなんて、俺にはわからない。
そもそも、昨日の夜空を覚えていなかった。
駅へ向かう途中、交差点の少し手前で一人の少女が立っていた。
道の真ん中ではない。
歩道の端。
街灯の下で、ただ空を見上げている。
飾り気の少ない服。
片手に、古びたノート。
俺は足を止めた。
見覚えがある。
数時間前、黒川さんのタブレットに描かれていた少女そのままだった。
少女が、ゆっくりとこちらを向く。
穏やかで、少し眠そうな両目。
彼女は俺を見て、小さく首を傾げた。
「……あの」
嫌な予感がした。
もう遅い。
少女は空を指さした。
「昨日も、こうでしたか?」
近代科学編は、まだ企画書の一ページ目だった。
本人監修が始まるには、少し早すぎる。




