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第1話 次は、近代科学編

 妲己編のリリース後も順調に稼働していた。


 正直、ヒスガルの売上は、かなりよかった。


 かなり、というのは佐伯さんの慎重な言い方で、実際にはかなりどころではなかった。


 限定SSR《九尾は、弱きものを忘れない・妲己》は、初日から大きく回った。


 イベントシナリオの感想も多かった。


 コラボメニューの《きつねまん》も追加発注がかかった。


 妲己本人は、そのすべてに対して、


「人間どもは愚かじゃな」


 としか言わなかった。


 ただし、きつねまんの追加発注数を聞いた時だけ、少しだけ尻尾が揺れていた。


 あれは喜んでいたと思う。


 本人に言えば噛まれるので、言わない。


 そして、ヒスガル運営にとって、イベントの成功は終わりではない。


 次のイベントが始まる合図である。


「というわけで」


 佐伯さんが会議室Bのモニターに企画書を映した。


 表紙には、こう書かれている。


 《ヒストリア・ガールズ・サーガ 次回大型イベント企画案》


 その下には、


 《近代科学編》


 会議室Bが、少しだけ静かになった。


 信長は上座で腕を組んでいる。


 光秀はすでに議事録を開いている。


 ジャンヌは紅茶を静かに置いた。


 黒川さんはタブレットを構えた。


 妲己は、俺の椅子の下で狐形態のまま丸まっている。


 会社の会議室に九尾の狐がいる。


 だが、最近の俺たちは、それに慣れ始めていた。


 よくない。


 たぶん、よくない。


「近代科学編、ですか」


 俺は企画書を見ながら言った。


「うん」


 佐伯さんは頷いた。


「魔王、聖女、九尾と来たから、次はちょっと知性派に寄せたい」


「知性派」


 信長が眉を上げる。


「つまり、私は知性派ではないと?」


「信長さんは知性もあります。ただ、燃えるので」


「燃えることと知性は両立する」


「その言い方がもう危ないんです」


 光秀が真顔で言った。


「信長様は知性派ですが、火器使用申請は必要です」


「光秀、それは今関係あるか」


「あります」


「ないだろう」


「近代科学編では実験器具、火、薬品、観測機材などが想定されます。信長様が関わる場合、事前確認が必要です」


「私は実験器具ではない」


「はい。ですが火元です」


「光秀」


「事実です」


 佐伯さんが、胃のあたりを軽く押さえた。


「お願いだから、企画会議の段階で火災リスクを増やさないで」


 ジャンヌが穏やかに微笑む。


「近代科学、よいのではないでしょうか。神秘と理性の境界に触れる題材です」


「境界」


 妲己が足元から片目を開ける。


「また面倒なものを触るのう、宮田」


「まだ俺が触ると決まったわけでは」


 佐伯さんが俺を見る。


「宮田くん、メインシナリオ担当ね」


「決まってました」


「決まってた」


 サービスは走っている。


 シナリオ担当も走らされる。


 黒川さんがタブレットを操作しながら言った。


「近代科学編、ビジュアルはかなり強いです。白衣、天球儀、星図、望遠鏡、歯車、古い実験器具。魔術ではなく科学なのに、絵面としては神秘に近い」


「そこがいいんだよね」


 佐伯さんが頷く。


「ヒスガルのユーザーは神秘も好きだけど、理屈っぽい天才少女も好きだから」


「近代科学者の美少女化……」


 俺は口に出してから、自分で止まった。


 今さらだった。


 信長、光秀、ジャンヌ、妲己がこの会議室にいる。


 近代科学者の美少女化でためらう段階は、とっくに過ぎている。


「宮田くん」


 佐伯さんが優しく言った。


「もう今さらだよ」


「ですよね」

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