第5話 深夜十一時、九尾は自販機前にいる
その日の夜。
住まい問題の会議は、無事に終わった。
信長は一号室。
光秀は二号室。
妲己は三号室。
ジャンヌは教会系宿舎へ戻る。
宮田春樹は、自宅へ帰る。
そのはずだった。
夜十一時過ぎ。
俺のスマホが震えた。
差出人は光秀。
本文は短い。
――宮田さん。妲己さんが狐形態で自動販売機前にいます。
俺は画面を見たまま固まった。
続けて、もう一通。
――宮田さんの名前を出したら、宮田が来たら戻るとおっしゃっています。
俺は天井を見た。
「俺を呼び出し札にしないでほしい」
結局、俺はレジデンスへ向かった。
深夜の偉人レジデンス。
もともとは、親会社が所有していた社員寮・社宅用の物件。
今では正式に、顕現した偉人たちの生活拠点である。
対外的にはアルカディアの契約社員が住む社宅。
実態は、織田信長と明智光秀と九尾の狐が住んでいる危険物件である。
親会社所有の物件だったからこそ、ここまで融通を利かせられたのだろう。
もっとも、それを正式に偉人用の住居として通したのは黒川さんである。
どうやって通したのかは、結局わからない。
世の中には、知らない方がいいことがごまんとある。
エントランスに入ると、光秀が待っていた。
部屋着ではなく、きちんとした服装。
深夜でも一切の乱れがない。
「すみません、宮田さん」
「いえ。妲己さんは?」
「一階の自動販売機前です」
「本当にいたんですね」
「はい。狐形態です」
「規則とは」
「初日から破られました」
光秀の声は静かだった。
静かだからこそ怖い。
自動販売機前へ行くと、白狐がいた。
当然のように座っている。
白い毛並み。
赤い目。
今は尾が一本に見える。
けれど、その背後には九つの白い影が、淡く揺らめいていた。
自動販売機の人工的な明かりに照らされた九尾の狐。
絵としては綺麗だった。
状況としては最悪だった。
「遅いぞ、宮田」
「俺、呼ばれた側なんですけど」
「供物が足りぬ」
「供物ではなく軽食です」
「肉まんがない」
「自販機にはありません」
「使えぬ箱じゃ」
前足で自販機を小突く。
「自販機に肉まんを求めないでください」
妲己は不満そうに尾を揺らした。
「人はおらぬ」
「カメラがあります」
「かめらは人ではない」
「今日、その話をしましたよね」
「人ではないものに見られても、妾は困らぬ」
「俺たちが困るんです」
光秀が横で頷く。
「共用部では人の姿。これは本日決定した規則です」
「面倒じゃ」
「必要です」
「細かい女じゃ」
「ありがとうございます」
「褒めておらぬ」
妲己は立ち上がり、俺の足元まで来た。
そして、当然のように俺の靴の上へ前足を置く。
「宮田」
「はい」
「抱け」
「はい?」
「部屋まで運べ」
「自分で戻ってください」
「妾は狐形態で共用部を歩いてはならぬのじゃろう」
「そこで規則を盾にするんですか」
「そなたらの規則じゃ」
強い。
最悪のルール運用だった。
光秀が少し考える。
「宮田さん。今回は、速やかに三号室へ戻すことを優先しましょう」
「抱いて運べと」
「はい」
「絵面は?」
「深夜で人目が少ないため、まだましです」
「カメラは?」
「記録は残ります」
「残るんだ……」
俺は、仕方なく白狐を抱き上げた。




