第32話 きつねまんは、供物として悪くない
数日後。
妲己イベントは、無事に始まった。
新規SSR。
《九尾は、弱きものを忘れない・妲己》
そして、《九尾きつねまん》。
どちらも、かなり好調だった。
ガチャの初動もいい。
イベントシナリオの感想も、かなり流れている。
俺は運営アカウントの反応を確認しながら、いくつか目についたものを拾った。
――妲己、普通に怖いんだけど、それがいい。
――九尾が後ろの飾りじゃなくて、ちゃんと妲己本人なの好き。
――悪女じゃありませんでした、実はいい人です、にしなかったの助かる。
――「妾がそうしたかった。それでは不満か。」で全部持ってかれた。
――この妲己、助けるとか守るとか一回も言ってないのに、なんかずっと残る。
――カード絵の尻尾、圧がすごい。
――怖い。欲しい。ガチャ回しまくった。
最後だけ、感想としてだいぶ正直だった。
そして、ゲームとは別方向で伸びているものもある。
――きつねまん売り切れてた。
――再入荷いつですか。
――九尾より先にきつねまん確保した。
――これ食べて妲己に怒られない?
そっちも強かった。
「宮田くん」
佐伯さんが横から画面を覗く。
「評判どう?」
「かなりいいです」
「どの辺が?」
「ガチャが回ってます」
「簡潔だね」
「あと、きつねまんが売り切れてます」
「そっちも?」
「そっちもです」
佐伯さんは少しだけ考えた。
「追加発注しよう」
「判断が早い」
「売れてるからね」
「妲己さんに言ったら?」
「たぶん供物が足りないって言われる」
「俺もそう思います」
ちなみに、きつねまんも本人監修である。
狐の肉ではないこと。
そして、子どもでも食べられる味であること。
その二点だけは、妲己が妙に念入りに確認した。
◇
三日後。
コラボカフェ。
午後。
俺は、妲己と一緒に店内を見ていた。
正確には、
「一緒に見ておるのではない」
「はい」
「妾が、妾の商品がどう扱われておるか確認しておるだけじゃ」
「はい」
「そなたは勝手についてきた」
「仕事ですから」
「面倒な男じゃな」
「よく言われます」
妲己は人の姿だった。
白い髪。
黒いパーカー。
狐耳も、九本の尾も隠している。
店内には、ヒスガルのカードイラスト。
イベントのキービジュアル。
そして、白い狐の顔をした《九尾きつねまん》。
席の一つで、小さな女の子がそのきつねまんを持っていた。
「かわいい!」
母親が笑う。
「熱いから気をつけてね」
「うん!」
女の子は両手できつねまんを持つ。
ふー。
ふー。
何度か冷まして、一口。
「おいしい!」
笑った。
妲己は、それを見ていた。
何も言わず、ただ見ていた。
「妲己さん」
「何じゃ」
「売れてますよ」
「見ればわかる」
「子どもにも」
「宮田」
「はい」
「黙れ」
「はい」
女の子がもう一口食べる。
妲己は、しばらくそれを見たあと、小さく言った。
「食えるものが」
「はい」
「ちゃんと食われるのはよい」
それだけだった。
「そうですね」
俺も、それだけ答えた。
◇
営業終了後。
客が帰り、少し暗くなったコラボカフェで、俺は備品を片付けていた。
「宮田」
後ろから声がした。
「はい」
妲己だった。
「何です?」
「忘れておった」
「何を」
「約束じゃ」
「約束?」
妲己が俺を見る。
「噛む」
「……」
思い出した。
「まだ有効だったんですか」
「当然じゃ」
「ずっと脅しだと思ってたんですけど」
「誰がそう言った」
「普通そう思いますよ」
「宮田」
「はい」
「逃げるな」
「一国を相手にできる九尾に噛まれるんですよ?」
「そうじゃ」
「逃げますよ!」
妲己の身体が白い影に包まれた。
人の輪郭が縮む。
白い髪が柔らかな毛並みへ変わる。
そこに、白い狐。
妲己。
「ちょっと」
俺は一歩下がる。
妲己が床を蹴った。
「わ」
腕へ白い狐が飛びつく。
「妲己さん!」
「動くな」
「怖い!」
「すぐ終わる」
「その言い方も怖い!」
そして、
「かぷ」
「……」
噛まれた。
俺は腕を見る。
「……え?」
痛くない。
歯は当たっている。
でも、皮膚が破れるほどではない。
妲己が口を離し、床へ降りた。
「終わりじゃ」
「今ので?」
「噛んだ」
「甘くないですか」
狐耳がぴくりと動いた。
「宮田」
「はい」
「本気で噛めば」
一拍。
「そなたが壊れる」
「ですよね」
「だから」
赤い目が俺を見る。
「これでよい」
俺は腕に残った薄い歯形を見る。
「……」
「何じゃ」
「いえ」
何か聞こうとして、やめた。
「何でもないです」
「ほう」
「約束、果たされました」
「うむ」
妲己も、それ以上は説明しなかった。
白い狐が俺の足元を通り過ぎる。
「宮田」
「はい」
「明日も」
一度、こちらを見る。
「きつねまんを買え」
「自分の顔なのに食べるんですね」
「噛むぞ」
「もう噛まれましたよ」
妲己の尾がふわりと揺れた。
「また噛める」
「回数制じゃなかったんですか」
「知らぬ」
そのまま白い狐は、店の出口へ歩いていく。
俺は、腕の歯形をもう一度見た。
痛くはない。
それで、十分だった。




