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第27話 白紙は、本人に返す

 俺の手が止まった。


 妲己がすぐに見る。


「宮田」


「はい」


「何じゃ、その顔は」


「いえ」


「何か思ったな」


「監修、一歩進んだなって」


「噛むぞ」


「すみません」


 でも、消せとは言わなかった。


 光秀が静かに入力する。


「ここまでは、方針として整理できます」


 佐伯さんが聞く。


「じゃあ、提出できる?」


「まだです」


「ですよね」


 佐伯さんの顔が曇った。


「何が足りない?」


「今回のイベントで、妲己さんを何として残すかです」


 また白紙。


 妲己が露骨に嫌そうな顔をした。


「九尾でよかろう」


「そこはもう決まってます」


「なら終わりじゃ」


「終わらないんですよ」


「なぜじゃ」


 佐伯さんが答える。


「今回のイベントを読んだ人に、何を持って帰ってもらうか。それがまだないんです」


「面倒じゃな」


「商品なので」


「またそれか」


 黒川さんが白い画面を見る。


「九本の尾を大きく描くことはできます」


「それでよい」


「でも、それだけなら設定画です」


「では何を描く」


「それを」


 黒川さんが妲己を見る。


「まだ決めていません」


「絵描きもか」


「はい」


「責任者も?」


「決めません」


「細かい女は?」


「本人監修事項ですので」


「役に立たぬ連中じゃな」


「今回だけは褒め言葉として受け取ります」


 俺は白い画面を指した。


「妲己さん」


「何じゃ」


「俺たちは」


 一度、息を吐く。


「見ました」


 駅前で。


 路地で。


 店で。


「聞きました」


 妲己本人の言葉を。


「それは記録します」


「うむ」


「でも」


 白紙。


「それを、何として残すかは」


 妲己を見る。


「俺たちが先に決めません」


 赤い目が俺を見返す。


「妾に決めろと?」


「はい」


「面倒じゃ」


「知ってます」


「妾は、そんなことを考えて生きておらぬ」


「でしょうね」


「宮田」


「はい」


「腹が立つ返事じゃな」


「でも本当ですよね」


「そうじゃ」


 認めた。


「だから」


 俺は言った。


「ここは返します」


「返す」


「はい」


 真っ白な画面。


「何を書くか」


「何を描くか」


「どういう妲己を、ヒスガルに残すか」


 一拍。


「妲己さんが決めてください」


 会議室が静かになった。


 妲己は、何もない画面を長いこと見ていた。


「妾は」


 ぽつり。


「悪女ではないと言いたいわけではない」


「はい」


「善人だとも言いたくない」


「はい」


「人間どもを信じてもおらぬ」


「はい」


 そこで言葉が止まる。


 俺は続きを言わず、待った。


 でも、妲己はやがて舌打ちした。


「今日はやめじゃ」


「え」


「考えるのが面倒になった」


「本人監修が」


「知らぬ」


 妲己は立ち上がる。


「妲己さん」


 光秀が呼ぶ。


「提出期限が」


「細かい女」


「はい」


「まだ期限ではあるまい」


 光秀が一瞬止まった。


「……把握されていたのですね」


「当然じゃ」


「意外」


 俺が言う。


「宮田」


「はい」


「噛むぞ」


「すみません」


 妲己は会議室のドアまで歩いた。


 そこで足を止める。


「宮田」


「はい」


「その白いもの」


 モニターを指した。


「消すな」


「白紙を?」


「そうじゃ」


「わかりました」


「絵描き」


「はい」


「勝手に描くな」


「描きません」


「責任者」


「はい」


「勝手に売るな」


「売りません」


 妲己は、それで満足したのかドアを開けた。


「狐」


 信長が呼ぶ。


「何じゃ、魔王」


「答えは出なかったな」


 妲己が振り返る。


「まだじゃ」


 それだけ言って、会議室を出ていった。


 ドアが閉まる。


 佐伯さんが大きく息を吐いた。


「進んだ?」


「進みました」


「本当に?」


 俺は白い画面を見る。


「たぶん」


「たぶんか……」


 信長が笑った。


「本人に聞け」


「え?」


「貴様らが、そう決めたのであろう」


 俺は、もう一度何もない画面を見る。


 白紙。


 まだ何を書くかは決まっていない。


 ただ、そこを勝手に埋めないことだけは決まった。

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