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第26話 白紙は、まだ埋めない

 妲己が顕現してから、三日目。


 俺たちは、会議室Bへ集まっていた。


 まだ三日なのに、もう一週間くらい一緒にいる気がする。


「宮田」


「はい」


「何を見ておる」


「いえ」


 妲己が会議室の上座に座ろうとしていた。


 正確には、先に座っていた信長と揉めていた。


「狐」


 信長が言った。


「そこは私の席だ」


「魔王。今日は妾の話をするのであろう」


「だから何だ」


「主役が上座で当然じゃ」


「早い者勝ちだ」


「滅ぼすぞ」


「やってみよ」


「二人とも!」


 佐伯さんの声が響いた。


「会議室で国盗りしないで!」


「責任者」


「はい」


「この女を退かせよ」


「無理です」


「即答か」


「席いっぱいありますよね?」


 妲己と信長が同時に会議室を見る。


 空席。


 かなりある。


「……」


「……」


「座ってください」


 結局、信長が上座。


 妲己がその隣。


 たぶん、どちらも譲ってはいない。


 光秀がノートPCを開く。


「では、御堂様へ提出する改訂方針について整理します」


「はい」


「一般に知られる妲己像と、本来史由来の妲己像については、すでに方針が固まっています」


 傾国の美女だけには戻さない。


 九尾であることも、人型も狐型も本人であることも、危険な存在だったことも消さない。


 そして、王朝が滅びた責任を妲己一人へ押しつけない。


「問題は」


 光秀が言った。


「三つ目です」


 黒川さんがモニターを切り替える。


 真っ白だった。


 何もない。


「何じゃ、これは」


 妲己が眉を寄せる。


「本人監修版です」


 俺が答えた。


「何もないではないか」


「はい」


「絵描き」


「はい」


「描いておらぬのか」


「描いていません」


「なぜじゃ」


「まだ決まっていないので」


「何が」


 俺は白い画面を見る。


「今回のイベントで、何を妲己さんとして残すかです」


 妲己の赤い目がこちらを向く。


「妾なら、ここにおる」


「います」


「狐の姿も見た」


「はい」


「人の姿も」


「はい」


「なら、それを描けばよかろう」


「外見は描けます」


 黒川さんが言った。


「でも、カードには中心が必要です」


「中心」


「妲己さんが、何をしている瞬間を描くのか」


 一拍。


「何を選んだ瞬間を残すのか」


 妲己が黙る。


「そこは」


 黒川さんは続けた。


「まだ描けません」


「なぜじゃ」


「私が先に決めることではないので」


 妲己の目が少しだけ細くなった。


「面倒じゃな」


「はい」


「絵描きが認めるのか」


「今回は」


 俺は白紙を見る。


「簡単に埋めるなら、できるんです」


「ほう」


「たとえば」


 一度、妲己を見る。


「悪女だと思われていたけど、本当は弱いものに優しい妲己」


「噛むぞ」


「だから書きません」


「なら言うな」


「例です」


 佐伯さんが苦笑する。


「商品としては、かなり作りやすいんですけどね」


 妲己が見る。


「責任者」


「悪女なのに実は優しい。ギャップがありますから」


「なら、そうすればよい」


「しません」


「なぜじゃ」


「また、こっちでわかりやすい妲己を作ることになるので」


 妲己が少しだけ黙った。


 俺は言う。


「傾国の美女っていう形から出して」


 白紙を指す。


「今度は、“実は優しい狐”っていう別の形へ押し込む」


「同じことか」


「俺は、そう思います」


「なら」


 妲己は椅子へ深く座った。


「この三日で、そなたらは何を見た」


「いろいろです」


「雑じゃな」


「全部言うと長いので」


「申せ」


「駅前のことも」


 一つ。


「撮影された時のことも」


 もう一つ。


「食べ物のことも」


 妲己は黙って聞く。


「見たことはあります」


「それで?」


「まだ、わかりません」


 妲己の耳がわずかに動いた。


「何もか」


「妲己さんが、そういう時に動くことはわかります」


「うむ」


「でも」


 俺は少し考える。


「それが優しいからなのか」


 妲己の目が細くなる。


「正しいことをしたいからなのか」


「違う」


「ですよね」


「誰かを愛しておるからだとか言えば」


「言いません」


「本当は人間が好きだとか言えば」


「絶対言いません」


「ならよい」


 危ない。


 例を出すだけで命が減る。


「だから」


 俺は白紙を見る。


「見たことは消さない。でも、意味まではまだ決めない」


 妲己が何もない画面を見る。


 その時、ジャンヌが静かに口を開いた。


「妲己さん」


「何じゃ、聖女」


「では」


 一度、言葉を選ぶ。


「この三日間に、妲己さんがしたことを、消してほしいですか」


 会議室が静かになった。


「消す」


「はい」


「駅前で足を止めたことも」


「はい」


「食べ物について話したことも」


「はい」


「嫌だと言っている人を撮る者へ怒ったことも」


「はい」


「弱いものだけが最後に困るのは気に入らないと、おっしゃったことも」


 妲己は答えなかった。


 誰も急かさない。


 しばらくして、妲己が言った。


「妾を」


「はい」


 ジャンヌが答える。


「勝手に善人へするな」


「はい」


「かわいそうな狐にもするな」


「はい」


「妾がしたことまで、都合よく消すな」


「はい」


 ジャンヌは一度も否定しない。


「聖女」


「はい」


「そなたは、妾を許すとは言わぬのじゃな」


「私が決めることではありません」


「……そうか」


 妲己は少しだけ視線を落とした。


 そして、


「なら」


 一言。


「消すな」

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