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第24話 誰も悪くないのじゃな

 買い物を終え、店を出ようとした時だった。


 妲己がまた足を止めた。


「何じゃ、あれは」


 店の奥で、店員さんがいくつかの商品を袋へまとめている。


 弁当。


 おにぎり。


 パン。


 まだ普通に食べられそうに見える。


「廃棄じゃないですか」


「はいき」


「売れ残った食品です」


「どうする」


「捨てるものもあります」


 妲己が俺を見る。


「捨てる」


「はい」


「食えるのに?」


「販売期限とかがありますから」


「食えるのか」


「今すぐなら食べられるものも多いと思いますけど」


「なら、なぜ捨てる」


「安全管理とか、販売上のルールとか。いろいろあります」


「いろいろ」


「はい」


「腹を空かせた者がおっても?」


「……いますね」


「この国にも?」


「います」


 妲己は、もう一度袋へ入れられていく食べ物を見る。


「食い物が余っておる」


「はい」


「腹を空かせた者もおる」


「はい」


「それでも捨てる」


「そういうことはあります」


「なぜじゃ」


 光秀が答えた。


「安全管理や販売上の規則など、複数の理由があります」


「なら」


 妲己は廃棄される弁当を見る。


「誰か一人が、捨てたいと思って捨てておるわけではない」


「概ね、そうです」


「店の者が悪いわけでもない」


「はい」


「作った者が悪いわけでもない」


「はい」


「食えぬ者が悪いわけでもない」


「はい」


 妲己が小さく鼻で笑った。


「なら」


 一言。


「誰も悪くないのじゃな」


 光秀は答えなかった。


 俺も答えなかった。


 妲己は、しばらく捨てられていく食べ物を見ていた。


 何かをそこへ重ねるように、ぽつりと言った。


「昔も」


 誰も口を挟まない。


「王だけが悪かったわけではない」


 赤い目はこちらを見ていない。


「臣下も、兵も」


 一拍。


「それぞれに理屈があった」


 信長の表情から笑みが消える。


「命じる者は、国のためと言う」


「従う者は、命じられたからと言う」


 妲己の手がパーカーの袖へ隠れる。


「妾にも」


 一度、息を吐く。


「妾の理屈があった」


 そこで初めて俺たちを見る。


「妾が何もせなんだとは言わぬ」


 赤い目。


「人を殺したこともある」


「王どもへ手を出したこともある」


「国ひとつ噛み砕けるほどの力も持っておった」


 誰も何も言わない。


「だから」


 妲己の目が細くなる。


「妾を恐れるのは構わぬ」


 一言。


「憎むのも勝手じゃ」


 そして。


「だが」


 声が低くなる。


「国ひとつの腐りを」


 一拍。


「女ひとりへ押しつけるな」


 会話が止まった。


「人間どもは」


 妲己が笑う。


「自分たちの罪を、妖へ押しつけるのが好きじゃな」


 俺たちが最初に作った《傾国妖妃・妲己》。


 あれは、ずいぶん簡単な話だった。


「宮田」


「はい」


「今」


 妲己が俺を見る。


「妾をかわいそうと思ったか」


「思ってません」


 即答した。


 妲己の眉が少し上がる。


「本当か」


「はい」


「では、何を考えておった」


「最初の企画、雑だったなって」


「宮田くん」


 佐伯さんが言う。


「もう少し言い方ない?」


「でも、そうですよね」


 俺は妲己を見る。


「妲己さんが全部悪かった。それで国が滅びました。終わり」


「そうじゃな」


「簡単です」


「うむ」


「簡単すぎる」


 妲己が黙る。


「だからって、何も悪くなかったとも書きません」


「ほう」


「やったことまで消したら、今度は逆方向に雑なので」


 妲己の口元が少しだけ上がった。


「よい」


 俺は店の奥を見る。


「じゃあ」


「何じゃ」


「食べられるものが捨てられて、腹を空かせる人がいる。そういうのが嫌なんですね」


 妲己の目が少しだけ鋭くなった。


「宮田」


「はい」


「そなたは、すぐ意味を決めたがるな」


「すみません」


「優しい」


 一言。


「かわいそう」


 もう一言。


「正しい」


 吐き捨てる。


「言葉を貼れば、わかった気になる」


 俺は黙った。


 妲己は廃棄される食べ物を見る。


「妾は」


 一拍。


「ただ、気に入らぬ」


「はい」


「食えるものがある」


「はい」


「腹を空かせる者がおる」


「はい」


「誰にも悪意はない」


「はい」


 そして、静かに言った。


「それで、弱いものだけが最後に困る」


 明るい店内。


 レジの音。


 自動ドア。


 その中で、妲己は廃棄されていく食べ物を見ている。


「妾は」


 一言。


「それが気に入らぬ」


 それだけだった。

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