第17話 九尾は、しばらくここにいる
アルカディアへ戻る頃には、外は少し暗くなり始めていた。
結局、妲己は人の姿のまま俺たちと一緒に会社まで戻ってきた。
「ついてきたのではない」
エントランスへ入ったところで、妲己が言った。
「え?」
「そなたらについてきたのではないと言っておる」
「でも、一緒に戻ってきましたよね」
「妾が、そなたらの巣をもう少し見ておこうと思っただけじゃ」
「アルカディアです」
「同じじゃ」
「だいぶ違います」
妲己は鼻を鳴らした。
白い髪。
大きめの黒いパーカー。
黒いスカート。
見た目だけなら、どこかの女子高生が会社見学に来ているようにも見える。
ただし、その女子高生は一国を相手にできる九尾である。
警備員さんが一瞬こちらを見た。
佐伯さんが自然に会釈する。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
通った。
妲己が小声で言う。
「現代は、狐よりこの姿の方が通りやすいのじゃな」
「圧倒的に」
「変な世界じゃ」
「狐がオフィスビルへ入れる方が変なんですよ」
「妾にとっては、人の巣へ人が入る方が変じゃ」
「基準が違いすぎる」
エレベーターへ乗る。
閉じる扉を、妲己がじっと見る。
「箱が動く」
「エレベーターです」
「知っておる。先ほど見た」
「覚えるの早いですね」
「妾を何だと思っておる」
「九尾」
「ならば当然じゃ」
信長が横から言った。
「狐、現代へ慣れるのが早いな」
「魔王に言われたくない」
「私はもう自動販売機も使えるぞ」
「信長さん、そこ自慢するところです?」
「宮田」
「はい」
「私をもう少し敬え」
「かなり敬ってますよ」
「今の返しで?」
光秀が小さくため息をつく。
「エレベーター内ではお静かにお願いします」
妲己が見る。
「細かい女」
「必要です」
「もう定着しましたね」
「何がですか」
「その呼ばれ方」
「不本意です」
「否定しないんですね」
扉が開いた。
朝より一人増えた俺たちは、アルカディアへ戻った。
◇
会議室B。
朝、妲己が狐の姿で顕現した場所だ。
佐伯さんは椅子へ座るなり、深く息を吐いた。
「まず、今日のこと整理しよう」
「嫌な予感しかしません」
「俺も」
光秀は、すでにノートPCを開いている。
「時系列はまとめています」
顕現。
逃走。
駅前での妖力露出。
祠で起きた現象。
コラボ展示。
無断撮影。
そして、修正史管理局からの警告。
並べると、濃い。
まだ一日である。
「それで、妲己さん」
佐伯さんが言った。
「何じゃ、責任者」
「このあと、どうするつもりです?」
「どうするとは」
「どこかへ行くんですか?」
「知らぬ」
「ですよね」
そうだった。
妲己には住所がない。
財布もない。
スマホもない。
当然、現代の身分証もない。
「妾はどこへでも行ける」
「それが困るんです」
「なぜ」
「現代のこと、まだほとんど知らないですよね」
「見ればわかる」
「今日だけでも結構いろいろありましたよ」
「大したことではない」
「駅前で人を影に沈めかけましたよね」
「沈めておらぬ」
「そういう問題じゃないんです」
光秀が言う。
「少なくとも、現代の制度がわかるまでは単独行動を避けた方がよいでしょう」
妲己の眉が寄った。
「妾を囲う気か」
「囲いません」
俺はすぐに答えた。
「では好きにさせよ」
「出かけるなら、誰か一緒に行くくらいで」
「同じではないか」
「止めるためじゃありません。説明するためです」
「説明」
「電車とか、店とか、警察に声かけられた時とか」
「面倒じゃな」
「現代なので」
「その言葉は聞き飽きた」
「俺も言い飽きてます」
妲己は不機嫌そうに腕を組んだ。
しばらく、誰も答えを急がなかった。
やがて、妲己が言った。
「ならば」
全員が見る。
「しばらく、そなたらのそばにいてやる」
「俺たちの?」
「勘違いするな」
「まだ何も言ってません」
「顔でわかる」
「またそれですか」
「そなたがわかりやすすぎる」
妲己は会議室を見回した。
「妾は、そなたらを信用したわけではない」
「はい」
「監修とやらを引き受けたわけでもない」
「はい」
「ただ」
赤い目が細くなる。
「そなたらが、妾をどうするつもりなのか」
一拍。
「見ていてやる」
それは、いかにも妲己らしい答えだった。




