第12話 終わるとき風は吹く
戦場は風が吹いている。ひどく砂嵐が起き、兵士どもは皆動きを止めていた。
足元には先ほど殺しあった者が転がっている。血と肉で大地は染まり、互いが半分の力になろうともまだ小競り合いは終わっていなかった。そんな時、強い風が吹いたのだ。
甲冑の中、うっすら目を開けた者は高い丘の上に立つ何かを見た。
黒いマントを羽織り、戦争を続ける者たちを眺めているようだった。そして風に乗って聞こえるかすかな歌声が、どこか鳥のように、恋人の甘いささやきのように響いている。
どこで聞いただろうか?知っているそれを「滅びの歌だ」と誰かが呟いた。
まもなく、兵士の一人が雄たけびを上げて目の前の敵を叩き潰す。それを合図に戦闘が再開した。
一心不乱に振り回される鉄球が甲冑の頭をもいでいく。
初めに歌を聞いた者はもう砂を噛んでいた。足を砕かれ、あとは頭を割られるのを待つだけだった。
遠くなっていく金属音を聞きながら、兵士は目を閉じる。
ここで、終わる。もう、終わる。
遠くなった音が絶えた頃、兵士は自分が死んでいるのだと思っていた。何も聞こえやしないのだから、自分はすでに頭を割られて、傍に転がる屍と同じだと。
しかし、視界がふと暗くなった。甲冑の隙間から差し込んだ光が消えたのだ。
「死に行く者。命が欲しいのか?」
聞こえたのは今までにないほど恐ろしく優しい声だ。耳の奥で蠢く何かに歯を食いしばり、兵士は目を開けた。甲冑の隙間から見えるのは美しい緑の瞳だ。
「死に行く者、なぜ贖わん?」
兵士を見つめているのは巨大な何かだ。黒いマントが風にはじかれて、金色の鬣がキラキラと揺れている。
「……だ、誰?」
兵士の問いにそれは口元を歪めて笑った。
「我は何人か?我は御使い人、死に行く者よ、ここはもうお前だけの世界だ」
「え?」
驚き兵士は痛む体を持ち上げた。肘をつき辺りを見渡すも動く気配はない。戦争は終わっていた。誰も残らず、ただ屍が風に吹かれている。
「助かった……」
ぽつりと兵士が口にすると、縋るように黒いマントを握りしめた。
「助けてください、足が砕かれているのです」
緑の瞳は数度瞬きをする。長い睫毛が伏せるのが美しく兵士は唾を飲み込んだ。
黒いマントがさらりと翻る。真っ白い羽毛に包まれた長い手が現れて、兵士の鎧に触れた。色とりどりの鱗がびっしりと生えている。長い爪がカツンと鎧を鳴らし、「死は恐れではない」と唇が動いた。
「え?」
兵士が困惑する中、黒いマントは立ち上がる。強く吹く風に抱かれるようにマントが翻った。
薄い衣をまとった体は人のようだ、しかしびっしりと生えた鱗は宝石のような輝きを放っていた。
それは金色の鬣を揺らし、数度頭を振る。それはこの世のものではなかった。
「死に行く者、生きたければ贖え、さもなくば死」
緑の瞳がゆっくりと閉じる。美しい顔の口が開き、歌声が響き始める。
ああ、これは……なんだった?知っているはずなのに、遠い。
兵士の呼吸が荒くなっていく。答えが遠く手を伸ばしかけた時、兵士の心臓は鳴るのを辞めた。




