連れてこられた場所は要塞でした。
「本当に一週間後に来るとは……もう少し時間を考えてくれ……」
ファルクナー城内――
ギルバートはいつもより早足で、応接室へ向かっていた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「お前……一応相手は公爵家だぞ?せめて顔くらい猫かぶってくれよ?」
ギルバートは自分の顔を指差す。
「元からこの顔だ……」
「それは知ってる……ただせめて眉間の皺くらいはとってくれ。」
ハンスはどこから取り出したのか手鏡をギルバートに向けると、そこには、無愛想を通り越した鬼のような顔をしたギルバートが映っていた。
(……眉間に皺を寄せるなと言うほうが無理だろう……)
自分の眉間を指で触って解すが、なかなか皺が消えない。
「あぁ~……もう跡になってるじゃないか……」
ハンスが眉間の皺を触ろうとギルバートに手を伸ばす。
その瞬間――
ガタガタッッ
大きな音が廊下に響いた。
(……今……なにか音がしたよな……)
ハンスも聞こえていたのか、ギルバートと目を合わせると、すぐさま音のした方へ顔を向けた。
そこには大きな花瓶に今日飾ったばかりの色とりどりの花。
そして、その陰では――
淡い紺色の布地が、ふわふわと揺れていた。
二人はお互いに顔を見合わせると、気づかれないように花瓶へ近づいていく。
「ふぅ~危なく二人の逢瀬を邪魔するところだったわ……」
高すぎず低すぎもしない……聞き取りやすい声が二人の耳に届く。
(……女……か?侍女ではないな。)
ファルクナー城にも侍女はいるが、淡い紺色の制服を着ているものはいない。
女はギルバートが近づいていることに気づいていないのか……コソコソと独り言を呟いた。
「従者と……旦那様……秘密の関係ってところかしら……ふふ。何だかいいわね……」
(……秘密の関係?)
ますますわけがわからない。
ただの従者と主人という関係なだけなのだが……
ハンスも同じことを思ったのか首を傾げている。
「『眉間に皺がよってるぞ。』『お前の綺麗な顔にシワが残ったら大変だ』『俺がとってやる。』ですってぇ~。久しぶりに昔読んだ薄い本を思い出すわぁ~」
女はしゃがんで頬杖をつきながら、ハンスの声真似をする。
(……薄い本ってなんだ……?と、言うより……)
「そこまでのことは言っておりません。」
「ハンスの声はもう少し低いぞ。」
ハンスとギルバートの声が重なった。
「……へっ!?」
女はブリキのおもちゃのように、ぎこちなくこちらへ顔を向けると、ギリギリと口角を上げた。
(……見ない顔だな……)
「え、え、えっと……?ほほほほほ……すみませーーーん!!」
そして、わざとらしく笑うと、猛スピードで走り去った。
「あ、おい……ちょっと……」
止めようと手を伸ばすが、その手は女にかすることなく宙を切った。
「いい脚力だな……」
「……えっ!?そこ?」
「そこ以外に何がある?確かに……顔は整っていたように感じたが……」
「……いや、お前に聞いた俺がバカだったよ。」
ハンスが頭を抱えてため息を吐く一方で、ギルバートは逃げ去った方向をじっと見つめてから、急いで応接室へと向かった。
***
「大きい……わね」
ベアトリーチェは馬車を降りると目の前にそびえ立つ城に目を向けた。
王城やセイレート城のような華やかさはない。
あるのは、黒灰色の石で積み上げられた巨大な城壁のみ。
無骨な外観はまるで“城”というより巨大な要塞のようにも感じる。
(……初めて見たわね……。でも嫌いじゃない。)
アルキューネ王国には、国中に城が点在している。
その城と領地を管理するのが貴族の仕事の一つでもあった。
そして王家から城と領地の両方を賜っているのは上級貴族だ。
(……この規模なら……階級上の人よね……)
「何故かしら……威圧感がすごいわ……」
「……だろう?この城はアルキューネ国の中で最も歴史のある城だからな。と、言っても知っているやつは少ないが……」
「知っている人は少ない……ですか……?」
アリオンはベアトリーチェの隣に立つと目を細めた。
その目は、この城自体に畏敬の念を抱いていると言う目だ。
そして、ふっと笑うとそのまま城に向かって歩き出した。
(……顔が整っているってだけで……得してるわね……)
「まっ、その辺は中にいるやつに聞けばいいだろう。中に入るぞ。」
ベアトリーチェとアリスターはアリオンの後ろに続いた。
城の前まで来ると
ギィーーー
重厚な扉が開いた。
「いらっしゃいませ……アリオン・セイレート様。お久しぶりでございます。」
中に入ると、年老いた執事が前に出てきた。
他にも数人控えているようだが、若い侍女は見当たらない。
「あぁ、久しぶりだな。……それで、あいつは……?」
(あいつ?って……誰かしら……)
「それが……もう少ししたら来られるかと思いますので、応接室でお待ちいただけないでしょうか。」
「そうか……」
執事は額を流れる汗を拭きながら、「こちらへどうぞ」と一言言うと、周りにいた侍女従者たちもほっと息を吐き出し散らばっていく。
夜会かと思っていたがどうやら違うらしい。
と、言うよりも城全体が歓迎ムードという感じもしない。
(気のせいかしら……)
ベアトリーチェが小さく首を傾げる。
「いや、気のせいじゃないと思う。とりあえず……アリオンについて行けば分かるだろう。」
ベアトリーチェは慌てて口元を隠すと、アリスターを見た。
どうやらアリオンは知り合いのようだが、アリスターは初めて来たらしい……
「大丈夫。口には出ていなかったよ。ただ表情が……ね。」
(表情に出てた……?)
王妃教育を始めてから顔には出なくなったはずなのだが……
「ふふっ……ここの人は気づいていないから安心して。」
アリスターはウインクして少し微笑むとそのままアリオンの後を追った。
(顔は似てるのに……性格は正反対ね……)
城内へ入ると、外から見たあの無骨な城からは想像もできないほど、そこには華やかな空間が広がっていた。
床には深紅の絨毯が真っ直ぐ敷かれ、高い天井へ続く大広間を彩っている。
頭上には幾つものシャンデリアが吊るされ、無数の灯りが金細工を煌めかせていた。
磨き上げられた黒石の床には淡い光が反射し、壁には辺境の歴史を描いた重厚なタペストリーが飾られている。
外観こそ要塞そのものだったが、中は違う。
冷たい石造りの城でありながら、不思議と温かみがあった。
「何だか……不思議ね。」
ベアトリーチェの小さな呟きは、誰にも拾われることなく暖かな空気へ溶けていった。
それからしばらくして――
先ほどの扉の音よりも少し軽い音が響いた。
「こちらでお待ちください。」
中に入ると、暖炉にはパチパチと火が灯り、白い布地に金の刺繍が入った清潔感溢れるカーテンと、それに合わせた家具が揃っていた。
(……なんだか気が合いそうね。)
外と内で違う城を見て、ベアトリーチェは目を細めた。




