お茶の時間だったはずなのに、気づけば馬車の中でした(何度目……?)
「着いたぞ。今回の最終目的地だ。」
「……最終目的地?」
***
セイレート公爵領に着いてから二日――
「ふふ……今日はこの茶葉を使いましょう。」
ベアトリーチェはいくつか置いてある茶葉の中から、ひと房手に取ると鼻先を近づけた。
「いい香りね!」
茶葉をティーポットに移し、コポコポとお湯を注ぐと、レモンのような柑橘系の香りが脳内に届いた。
そして、小さめのカップに移すと、一口飲んだ。
渋みの少ないほのかな甘みが口の中に広がる。
「これは……ニルギリに近いかしら。」
昔の記憶を辿りながら、似た香りのお茶を探し出す。
ベアトリーチェが転生したことに気づいたのは、三歳のときだった。
兄たちと剣士ごっこをして遊んでいると、勢いよく頭に木剣が落ちてきたのだ。
(あれから……十五年か……)
昔から好きなゲームや漫画を極めるために色々なことに挑戦した。
推しキャラがお菓子が好きといえば、あげる訳でもないのにお菓子を作れるように練習したり……
紅茶が好きといえば、色々な紅茶を片っ端から調べたり……
「家政婦さんが欲しいんだ」と言われれば家政婦の仕事をしてみたり……
(あの時が懐かしいわね……)
昔の余韻に浸りながら、ベアトリクスとお茶をするためのお菓子を考えていると――
「ベル。」
肩に漬物石のような重みがのしかかった。
「アリ……オン、お兄様?」
(嫌な予感しかしないんだけど……)
「出かけるぞ。」
「えっ?今からですか?」
そう言うや否や、アリオンはベアトリーチェを軽々と荷物のように抱え上げると、何も言わずに歩き始めた。
「アリオンお兄様!!離してください。私出かけたくありません!!」
バタバタと手足を動かすがアリオンの体はビクともしない。
それどころか、いつもうるさいはずのアリオンがやけに静かだ。
(ますます……怪しいわ……)
アリスターが静ならアリオンは動。
アリオンの周りには不思議と人が集まってくる。
だからこそ、これだけ静かなアリオンが不思議でならなかった。
(……今話しかけても……無駄ね……)
ベアトリーチェは小さく息を吐き出すと、アリオンの背中を黙ったまま見つめる。
そして――
気がつくと、いつの間にか馬車に乗せられていた。
「デジャブ!?」
数日前、王都を出た時のことを思い出す。
今回違う部分といえば……
馬車が広いということくらい。
ベアトリーチェははっと気付くと馬車の窓から外を見回した。
外にはアリステアとベアトリクスが仲睦まじい様子で立っていた。
「お、お父様!助けてください!!」
「すまんな、ベル。今回は我慢してくれ。」
「ふふっ、大丈夫よぉ~。ちゃんと可愛いお洋服も持ってきてるからぁ~」
「お母様まで!?」
(そこじゃないんだけど!?)
「いや、それはうれし……い……じゃなくて……なんでまた馬車に!?」
窓から手を伸ばすが、二人は私の手を取ることをしなかった。
アリステアはハンカチで目元を押さえ、そんな父の背中を優しく撫でるベアトリクス。
カラカラ
馬車がゆっくり動き出す。
「お、お母様ぁぁぁぁ~!!」
決死の思いで母を呼ぶ。
だが――ベアトリクスはきょとんとした顔をしたあと、
「大丈夫よぉぉぉ~私たちもあとから行くからぁ~!!」
笑顔で、手を振り返した。
(そうじゃないって……)
ベアトリーチェの助けてというアピールは、見るも無惨に塵となった。
「ははっ。ベルは元気だね。」
「さすが俺たちの妹だな……」
兄二人が何かを言っていたが……ベアトリーチェには届いていなかった。
「な、な、なんなのよぉぉぉ~……」
それから三日間……
行き先を伝えられることもなくベアトリーチェは馬車と宿屋の中を往復した。
***
「ねぇ、リネット。」
セイレート公爵領を出て三日目の朝――
ベアトリーチェは宿屋に備え付けられたドレッサーの前に座らされていた。
鏡越しにリネットへ視線を送ると目が合う。
「なんでしょうか?」
「あなたはどこに行くか知っているの?」
「……」
リネットは、ベアトリーチェの問いかけが聞こえていないのか、無言で髪を梳かす。
二人の間に髪を梳かす音が響く。
(……ダメね)
「じゃ、じゃあ、ここがどこなのかだけでも教えてくれない?」
ベアトリーチェは困惑していた。
この三日間、誰一人行き先を教えてくれないからだ。
馬車の外に出ようとすれば、
「着いてからのお楽しみだよ♪」
とアリスターに言われ目を布で隠される始末……
領地や王都の周辺であれば、馬車の距離である程度場所を把握できる。
だが、今回向かう先は見覚えのない場所ばかりだった。
試しに何度か宿屋を出て情報収集しようとしたが、部屋の外へ出た瞬間、兄のどちらかが待ち伏せしていた。
「そんな……皆で隠さなくてもいいじゃない。」
ベアトリーチェは鏡台に肘をつき、大きく息を吐くと、今まで無言を貫いていたリネットがくすりと笑った。
「ふふっ……なんだか子供の時みたいですね。」
「えっ……?」
リネットは動かしていた手を止めると、鏡越しに微笑んだ。
「ほら、昔よくアリスター様たちに仲間はずれにされたとよく泣いていたではありませんか。」
「そんなことあったかしら……?」
「ありましたよ。今その時と同じ顔をしております。」
「そう……かしら……」
ベアトリーチェが首を傾げると、リネットはこくりとうなずいて、ベアトリーチェの肩に軽く手を乗せた。
「さっ、準備できましたよ。アリスター様たちがロビーでお待ちです。」
鏡の中の自分に目を向けると、そこには淡い紺色のドレスを纏った自分が映っていた。
シルフ生地特有の柔らかな光沢が、動く度にふわりと揺れる。
胸元には小粒の魔石が散りばめられ、まるで夜空のようだった。
(……ドレス……?)
ベアトリーチェは鏡の中の自分を見て、ようやく“ただの外出ではない”ことを理解した。
「……ねぇ、リネット。」
(準備に時間かかると思ってたけど……まさかドレスなんて……)
普通なら着替えている途中で気付きそうなものだが、この三日間、行き先も伝えられず、ひたすら連れ回されただけのベアトリーチェにとってそんな余裕はなかった。
「はい。」
「これ、どこかの夜会にでも行くの?」
リネットは目を見開いたあとゆっくり微笑んだ。
「さぁ……私は何も存じ上げません。」
(ほんと……ウソばかり……)
ベアトリーチェは、リネットに気づかれないように息を吐き出すと、彼女に言い返すことなく兄たちの待つラウンジへと足を向けた。
そして――
馬車に乗せられてどこかへと連れていかれるのだった。
(何も言う気が起きないわ……)
カラカラ
それからしばらくして、一番高い位置にあった太陽が海の中に隠れようとしている頃、ようやく馬車が止まった。
「着いたぞ。今回の最終目的地だ。」
「……最終目的地?」
「って……領地に帰るって言ってたじゃない。」
思い切り立ち上がると、馬車の天井にぶつけた。
馬車がグラグラと揺れる。
「いったぁ……!」
ベアトリーチェが頭をさすっていれば、アリオンは目を細めた。
「ん?だから帰っただろ?それに言ったはずだぞ?」
ベアトリーチェはアリオンが王都を出る時に言っていたであろう記憶を遡った。
「領地の方に行く……?」
ベアトリーチェがポツリと呟くと、アリオンは口角をあげる。
「……そういうことだ。さっ、降りるぞ。」
アリオンの言葉を待っていたのか、今まで静かにしていたアリスターが扉を開けると、先に降り手を差し出した。
「お嬢様、行きましょうか。」
まるで従者のような話し方に、ベアトリーチェは思わず顔を顰める。
「一人で降りれます……それよりもお兄様ここがどこか教えてください。」
「ふふっ……それは着いてからのお楽しみだ。」
アリスターはベアトリーチェが降りるのを確認すると、ランプを手に持って歩き出した。




