気づいたら馬車に乗せられていたのですが、いい加減どこに行くか教えてください。
「それで……?これからどちらに行くんですか?」
着替えを終えて部屋を出た瞬間、ベアトリーチェはリネットに抱えられた。
「ちょっと、リネット。どういうこと?」
「旦那様からの指示ですので……」
すると、目にも止まらぬスピードでリネットは動き出し――
気がついた時には、馬車の中だった。
ベアトリーチェは左右に座る兄たちへ視線を向け、そのまま向かい側にいる両親を見た。
楽しそうに「久しぶりにデート出来るわね」と話す両親。
兄二人はベアトリーチェの両隣で、「あいつの驚く顔が見られるなんてな……」とよく分からない話をしている。
それを見た瞬間、ベアトリーチェは全てを悟った。
(……知らなかったのは私だけってことね。)
ベアトリーチェは気づかれないように息を吐き出すと、窓の外を見た。
(アリオンお兄様の頭が邪魔だわ。)
馬車が揺れる度にぴょこぴょこ視界に入ってくる頭を叩きたくなる衝動に駆られるが、グッと気持ちを抑えると、家族に話しかけた。
「それで……これからどちらへ行くんですか?」
ベアトリーチェの声に全員が目を見開き、互いの顔を見合わせた。
(誰かが話してると思ったのね……)
「えっ?アリスが伝えたんじゃないの?」
「いや、私はアリスターに頼んだはずだがな……?」
「えっ!?僕ですか?アリオンに仲介をお願いしていたので……てっきりアリオンに全てを任せたんだと……」
「俺か!?俺は何も頼まれてねぇーぞ?」
「……」
(別に誰がどうとかはどうでもいいんだけど……)
正直行先を知りたかっただけなのだが……
そのまま話は進まず、四人のなすり付け合いがしばらく続く――
と思った、その時。
バコーン!!
「イテッ!!」
ベアトリーチェは勢いよく、アリオンの頭を叩いた。
「な、なにするんだよ……」
「あっ、ごめんなさい。つい、叩きやすそうな頭が目に入ってしまって……」
「いや、『つい……』じゃないだろ?なんで叩くんだよ?」
「なんでって……」
ベアトリーチェは一度区切ってから、笑顔で答えた。
「そこに頭があったからに他なりませんわ。」
「お、怒ってるのか……?」
アリオンは叩かれた頭を押さえながら、ベアトリーチェの顔を覗き込むと、ベアトリーチェは、貼り付けたような笑みでじっと見つめ返した。
「別に怒ってません。」
「いや、怒ってるだろ!!」
(怒ってないって言ってるじゃない……)
本当に怒っているわけではない。
ただ、どこに行くかも教えられず、馬車に乗せられたのだ。
(振り回される方の気持ちもわかって欲しいものね……)
この十八年――
五つ上の兄たちに振り回され続けてきた。
急に「護衛ごっこするぞ!」と言い始めたと思えば、何故かベアトリーチェが護衛役をやらされる。
(おかげで馬に乗れるようになったのは良かったけど……)
婚約者候補を集めたお茶会を開けば、兄たちが乱入。
「ベアトリーチェは俺の恋人だ! 手を出すことは許さん!!」
などと言いながら、会場を滅茶苦茶にしていく。
しかも、顔が整っているせいで女性たちのやっかみも多い……
そのおかげで、夜会やお茶会の度に何度令嬢たちから呼び出されたか。
(思い出したくもないわ……)
そして、気づけば婚約者候補はいなくなり、ディオンとの婚約がいつの間にか形になっていた。
(今思えば……あいつとの婚約も全部お兄様たちのせいじゃない……)
そんなことを考えていると――
「ふふっ……」
不意に聞こえた笑い声に視線を向けると、ベアトリクスが楽しそうに肩を揺らしていた。
「お母様……?」
「ふふっ……ベルったら、全部顔に出てるわよ?」
(えっ……!?)
ベアトリーチェは自分の頬を手のひらで撫でながら首を傾げる。
(顔に出るほうじゃないと思うんだけど……)
母から父に視線を移せば、アリステアも同じことを思っていたのか、咳き込みながらニヤついているのが見える。
(笑いたいなら笑えばいいのに……)
そんなベアトリーチェの様子を見ながら、ベアトリクスは楽しそうに微笑んだ。
「私たちが気づくのが不思議……みたいな顔してるけど……」
ベアトリクスはパチンと片目を閉じると、ベアトリーチェの鼻をちょんっとつついた。
「親なんだから当たり前じゃない~!」
ベアトリーチェは母の急な行動に目をパチパチと動かす。
「あなた、子供っぽくないのよぉ~。もっと楽しまないとぉぉ~」
「まだ十八なのよぉ~!?せっかく婚約破棄できたんだしぃ~、この際だから好きな人でも作りなさい~!」
少女のような話し方に……
ベアトリーチェだけでなく、アリスターたちも固まった。
「好きな人が出来たら毎日がハッピーになるわよ~。」
いつもの事ではあるのだが……
(誰よりも乙女なんだよな……)
「……」
ベアトリーチェと兄二人のため息が重なった。
「ふふっ、仲良いんだからぁ~そろそろ兄妹離れしなさいねぇ~」
「私は兄離れしてますよ。お母様。」
「あら、そう~?なんだかんだ昔から二人の後ろをくっついて歩いてるのにぃ~?」
「そうそう、雛みたいだよな。」
ベアトリクスの言葉にアリオンが続ける。
「いや、雛よりも可愛い。天使だ……」
兄二人の言葉に、ベアトリーチェは顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
「いつの話をしてるんですか! そ、そんなことより早くどこに行くか教えてください!」
ベアトリーチェの言葉に兄二人は口を開いた。
先ほどまでの話は頭の中からすっぽ抜けていたらしい。
(全く……いつもこうなんだから……)
「……で? どこに向かってるんですか?」
いつもより一段低い声で、もう一度問いただすと、アリスターが答えた。
「領地に向かってるだけだよ。まぁ、里帰り……みたいなものかな……」
アリスターの言い方に少し違和感があったが、馬車の走る方角には、セイレート公爵領がある。
「そうですか……」
(アリオンお兄様じゃないし……嘘はつかないか……)
ベアトリーチェはアリスターの言葉に納得すると、そのまま窓の外を眺めた。
先ほどまでいたはずの王都は、いつの間にかミニチュアのように小さくなっていた。




