どうやら、今日も家族に振り回されそうです。
「どうやったらこんなに溜められるんだ……」
執務室――
ギルバートは父、ジークフリートに代わり、溜まりに溜まった書類と顔を突き合わせていた。
中々減らない書類の山。
本来であれば父であるジークフリートが処理するはずなのだが、当の本人は砦に籠ったまま帰ってこない。
砦のある方向へ視線を向け、ギルバートは小さく息を吐いた。
(……無理だよな……)
ギルバートが二十一歳になると同時に、
『あとは次期当主であるお前に任せる!好きにやれ!!』
と砦に籠るようになった両親だ。
(それまでよく耐えたと言うべきか……)
ギルバートは、自分の肩に手を置き首を軽くストレッチすると、一番上に置いてある書類を手に取った。
「仕方がない……やるか……」
その瞬間――
バンッ
と、大きな音をたてて扉が開いた。
「ハンス。もっと静かに扉を開けろといつも言っているだろう。」
「すまん!それよりも大変なんだ!!」
ハンスの額にはうっすら汗が滲み、息も上がっている。
どうやら砦から馬を走らせて急いで戻って来たらしい。
「ギルバート、セイレート公爵家からの手紙が届いていた。」
「なんだって!?」
元々、砦で生活しているのは当主ではなくギルバートのはずだった。
友人たちはそれを知っているから、城には手紙を送らず砦に送ってくれるのだ。
(そういえば……誰にも伝えてなかったな……)
ギルバートはハンスから手紙を受け取ると、急いで封を開けた。
――――――
ギルバートへ
久しぶりだな。元気にしているか?
突然だが、お前に紹介したい奴がいる。
お前が女嫌いなのは知っているが、その辺の令嬢とは違う。そこは俺が保証しよう。
一週間後、そいつを連れてそっちへ向かう。
詳しい話はその時だ。
逃げるなよ。
アリオン
―――――――
ギルバートは手紙から顔を上げ、そのままハンスを見た。
「……お、おい……これ届いたのは……いつだ……?」
ハンスはギルバートが投げ捨てた封筒を拾って消印を確認した。
「……ちょうど一週間前のようだな。」
(一週間……前……?)
ギルバートはハンスから封筒をひったくるように取り上げると、自分の目で消印を確認した。
「あ、おい……」
二人の間に沈黙が流れる。
「……本当だ……」
ハンスは呆れたように肩を竦めた。
「そんなことで嘘言ってどうするんだよ!それより、何があったんだ?さっきより眉間に皺が寄っているぞ。」
ハンスは自分の眉間を押さえながらへらりと笑うと、ギルバートはバンッと机を叩いた。
「な、なんだ!?反抗期か?」
「はぁ!?そんなわけないだろ!それよりもだ。急いで……」
コンコン
「準備をしないといけない」と続けようとした瞬間――
扉を叩く音が響いた。
「ギルバート様。お客さまがお見えです。」
「お客さま……今日何か予定あったか?」
ハンスが首を傾げると、ギルバートではなく扉の外から回答が返ってきた。
「セイレート公爵家の方々がお見えです。」
ハンスは侍女の言葉を聞いた瞬間、全てを察したように目を眇めた。
「そういうことか……」
「……そういうことだ。」
ギルバートはこめかみを押さえたまま、小さく首を横に振り、侍女に声を掛けた。
「すぐ行く。応接室に案内してくれ。」
(逃げるなよ……って逃げられないじゃないか……)
***
「ベル!出発するぞー!!」
お茶会の翌日――
昨日は久しぶりに家族全員が集まったこともあり、我が家の朝はいつもより少しゆっくりしていた。
(そろそろ起きなきゃね……)
ベアトリーチェが羽毛布団の柔らかい肌触りから抜け出せずにいると、バンッと勢いよく扉が開いた。
「アリオン、また壊す気か!?」
「はっ!?こんなんで壊れるわけないだろ?」
「そう言って、ついこの間もセイレート城の扉を壊しただろうが。僕が知らないとでも思っているのか!?」
眠い目をこすりながら体を起こすと、ベアトリーチェの部屋の中で兄たち二人が言い争いを始めた。
(正直、扉うんぬんはどっちでもいいわ。)
ベアトリーチェは頭の上に手を乗せると、二人に聞こえるようにため息を吐いた。
「アリオンお兄様に……アリスターお兄様。」
「「ベル!!」」
そして、扉の外を指さすと──
「着替えますので、早くこの部屋から出ていってください!!」
今までになく低い声で言い放った。
「俺たち兄妹だろ?別にいいじゃないか。」
「そうだよ、ベル。昔はよく一緒に着替えたりしていたじゃないか……」
「……。」
いつのことを話しているのか。
確かに、小さい頃……
三歳くらいまでは一緒に着替えていたけど……
(もう十八なんだけど……)
「リネット。この二人を追い出してちょうだい。」
近くに控えていた侍女に伝えると、リネットは軽く頭を下げてから二人を持ち上げた。
「あ、おい……」
「リネット、辞めてくれ!!」
ベアトリーチェは百八十センチ以上ある兄二人が、一回り小さいリネットに両脇を抱えられているのを見て、クスッと笑ってしまった。
笑い声が二人にも聞こえていたのか――
兄たちはベアトリーチェへ視線を戻すとみるみるうちに顔が赤くなっていく。
「ベル!助けてくれ。」
「突然部屋に入らないようにするから!!」
(部屋に入ることは変わらないのね……)
ベアトリーチェは目を細めて微笑むと、兄たちに向かって手を振った。
「着替えるまで大人しく待っていてくださいね。」
リネットは重さを感じさせない足取りで扉へと向かう。
「おい、離せ!リネットー!!」
「じ、自分で歩くから~!!」
「アリスター様、アリオン様。いい加減にしてくださいませ。それ以上動くと――窓から投げ捨てますよ?」
「「……は、はい……」」
(……自由な人ばかりで疲れるわ……)
二人が部屋から出たのを確認すると、内扉から隣の衣装部屋へと移動した。
「遅くなったらまた入ってきそうだし……早く着替えましょ。」
「今日も騒がしい一日になりそうね。」
ベアトリーチェは小さくため息を吐いた。
「ゆっくりお茶を飲む時間があればいいんだけど……」
その声は、廊下の向こうから聞こえてくる兄たちの騒ぎ声にかき消されていった。
「ベルー!!書斎で待ってるからなぁぁ!!」




