ククルス伯爵家。
「皆さん、レヴィール第一王子殿下の隣に立つ方が誰かお分かりになりますか?」
ベアトリーチェの言葉に誰かがボソリと呟いた。
その声は小さく……普段であれば聞こえないはずの声量……
だが、その場にいた全員にはっきりと聞こえていた。
「グラハルト……ケルベリオン皇帝陛下……。」
グラハルトは王妃の近くにいた男に目を向ける。
そしてニヤリと笑った。
「ふむ……余のことを知っているものが、四大公爵以外にもいたとは驚きだな。」
(余って……似合わないわね……)
ベアトリーチェは肩を竦めると呟いた男を見つめた。
四大公爵以外知らない……
それはアルキューネ国とケルベリオン帝国が代々争ってきたことに起因する。
お互い歩み寄ろうとせず争い続けた結果だった。
正直王族すら、皇族の名前を知っていても顔を知らない。
理由は一つ。
全ての処理を四大公爵に一任していたからだ。
グラハルトはコツコツと男の前まで歩み寄ると目を細めた。
「久しいではないか。トーマス・キュリス。いや、ここではこう呼んだ方がいいか?」
グラハルトは一旦そこで区切ると、大きく息を吸った。
「ケルベリオンとの交易を裏で取り仕切っていた男――トーマス・ククルス伯爵と。」
「な、なぜそれを……?」
トーマス・キュリス。
ククルス伯爵のもう一つの名前だ。
(気づいたのはたまたまだったのよね……)
「それはわたくしから説明いたしましょう。お久しぶりですね。トーマス叔父様。」
「ベアトリーチェ……」
ベアトリーチェはくすりと笑う。
その全てを見透かしているような微笑みに、誰一人何も言葉を発することはできなかった。
「あらあら……叔父様までわたくしをベアトリーチェと認めてくださるなんて嬉しいですわ。これでは言い逃れできませんわね?ヴィクトリーチェ?」
「……くっ」
ヴィクトリーチェはディオンの腕をギュッと握ると、ベアトリーチェを睨みつけた。
「ヴィクトリーチェ……」
ディオンは周囲の行動でやっと気がついたのか……腕に絡みつく女へ視線を向ける。
「と、まぁ……この話はちょっと置いておきましょう。どちらにしても、ここにいる全員がわたくしをベアトリーチェと認めてくださっているということは、そこのアホな第二王子殿下でも気づいたかと思いますので……それよりも……今はこちらです。」
ベアトリーチェはグラハルトに歩み寄ると目の前の男を見つめた。
「よくも、これまで隠してこれましたわね。叔父様……いえ、ククルス伯爵。」
ベアトリーチェが片手を上げると、使用人たちがたくさんの葉をカゴから掴み空に向かって投げた。
ヒラヒラと葉が舞い落ちる。
「……なっ……」
「ふふっ……目の付け所はとても良かったと思いますわ。ケルベリオン帝国にはアルキューネと違い茶葉の種類がございませんものね。それに薬の種類もです。そこに漬け込んで……こちらをばらまいたのでしょ?」
ベアトリーチェは商会を立ち上げようと色々調査をしていた。
元々辺境にあるファルクナー領だ。
アルキューネの王都よりもケルベリオン帝国の方が近い。
そのためどのようにしたらケルベリオンと取引ができるかをずっと考えていた。
(私以外にも同じところに商機を見出すものがいるとは思っていたのよね。)
そして調査をしていくうちに一つの事が浮き彫りになっていたのだ。
「まさか、キュリスと名前を変えていたなんて……驚きましたが……茶葉や薬草として流していたものは全て毒薬や麻薬の類いだったのですね。ククルス伯爵。こちらを……もしアルキューネ国王が流すように言ったのであれば……大惨事ですが……どうなのでしょうか。」
一つはトリカブトの葉だった。
「ニリンソウを食べる人達に売れば勝手に食べてくれますもんね。山菜として……それに菖蒲に似た花は薬湯として好まれます。もし……皇帝陛下が飲んでいたら大変なことになっていましたわ……」
「菖蒲茶は苦くて好かん。そのお陰で助かったということか。」
二人はジリジリとトーマスに歩み寄る。
その目は獲物を見つけたハイエナのような目だった。
「ち、ちが……」
「では……アルキューネ国王陛下でしょうか……」
「そ、そうだ……」
有無を言わさぬ二人の視線に、ククルスは思わずうなずいた。
その瞬間――
二人はにんまりと笑った。
「うんうん、そうですか……」
「やはりそうだったか。お前のような小心者に余を殺すなど無理だもんな……ハッハッハ……」
そう……元々これが狙いだったのだ。
「ここに国王陛下がいないようですが……代わりに王妃やディオン第二王子殿下がいますし……はっきりお伝えしておこうと思います。」
ベアトリーチェはトーマスから視線をずらすと王族の二人を見据える。
すると、後ろに控えていた四大公爵が出てきた。
アリステアとルイスがベアトリーチェの肩に手を置く。
「お父さまにおじい様……」
「ベアトリーチェ、ここからは我々の出番だ。」
「あぁ、我々にも格好をつけさせてくれ。」
それだけ言うとベアトリーチェの前に立った。
「エリザベート王妃。あなたの豪遊には目を瞑って参りましたが、そのお陰でこの国は衰退の一歩を辿っております。」
「ディオン第二王子殿下に至っては我が娘を偽物呼ばわりした挙句、王城から追い出した。それだけではない……今まで全ての仕事をベアトリーチェに押し付けていたことは調べが付いていますよ。」
「私は好きであなたがたに孫を預けたわけではない。お前たちはただこの国の中で、1番力のあるベアトリーチェが欲しかっただけだ。だから偽物にも気づかなかったのだろう。」
「お、おじいさま……私だってあなたの孫ですわ」
今まで黙っていたヴィクトリーチェが口を開く。
だが――
その声はルイスの一声でかき消された。
「黙れ!お前におじい様と呼ばれる筋合いはない。私の孫娘は、ベアトリーチェとフェレシアの二人だけだ!」
場内にルイスの声が木霊する。
しかし、ヴィクトリーチェは自分が被害者とだとでも思っているのか、わざとらしく地面に崩れ落ちると顔を隠した。
「グスッ……ひ、ひどいです。わたくしが本物のベアトリーチェだと言うのに……」
「そ、そうだ。私が騙されるわけないであろうが!!あぁ、可哀想なリーチェ……私だけは君の味方だよ……」
ディオンはヴィクトリーチェを抱き寄せる。
その姿を見てルイスは静かに目を閉じた。
「……どうやらお前たちはまだ何もわかっていないようだな。」
怒っている訳でもない。
感情のない一言に、その場にいた全員が息を呑んだ。
だが――
ディオンとヴィクトリーチェだけは、その意味を理解していなかった。




