本当のお茶会を始めましょう。
「じゃあ、皆さんはゆっくり来てくださいませ。」
「「「「は……?」」」」
ガチャガチャ
ベアトリーチェが客室の扉を開けると外の空気が室内に入り込んだ。
「おい!何をやっている!」
「ベル!待つんだ!!」
ギルバートとアリスターが騒いでいるが、ビュービューと聞こえる風のせいでベアトリーチェには何も聞こえていなかった。
「では……」
ベアトリーチェはそのまま扉から身を投げ出した。
「あっ……おい!!」
ギルバートがベアトリーチェを掴もうとするが、時すでに遅し……
小さな体がみるみる地面へ向かって落下していく。
だが――
当の本人は悲鳴を上げるどころか、空の旅を楽しむように両手を広げていた。
「む……羨ましいぞ……」
グラハルトが何かを呟いたが……それは誰にも聞こえることなく風の中へと消えていく。
そして、ベアトリーチェが地面に近づいていくと……
「「「危ない!!」」」
ギルバートたちの言葉と同時にバサッと音を立てた。
ベアトリーチェが背中に背負っていた物が広がり、ベアトリーチェを包み込んだ。
「な、あいつは……ムササビだったのか……」
大きな布が風を集め、ゆっくり降下していく。
「なんだ、あれは!」
「俺もやりたいぞ。」
グラハルトも鼻をふんふんと膨らませ、ベアトリーチェの後を追うように、身を乗り出すが、その場にいた全員に止められた。
「皇帝。まだ行かれては困ります。」
「そうです!今はやめてください。怪我したらどうするのですか。」
「む……だが……」
グラハルトはムッと頬を膨らませる。
だが、誰一人として良しとするものはいなかった。
「あれは……ベルにしかできません。それにムササビなんて可愛いものでもないんです。」
ギルバートは遠ざかる婚約者を見ながらため息を吐いた。
「あれは珍獣ベアトリーチェです。」
その言葉に誰もが納得した。
***
「あなた……本当にベアトリーチェなの?」
(やっと気づいたのね……いえ、気づいたというよりはまだ疑っている……というところかしら)
エリザベートの声が響く中、ベアトリクスは紅茶に手をつけることなく二人の様子を見ていた。
「本当でしたら、今頃ベアトリーチェのお菓子を堪能している頃でしたのに……」
「なぜ私達だけこちらに参加しなくてはならないのかしら。」
「あとでベルに文句を言わないと気が済まないわ……」
アリシアは「まずっ」と言いながらお茶をちまちまと飲み、フェレシアに至ってはテーブルに頬杖をつきながら、つまらなさそうに二人を見つめている。
本当であれば三人ともいまごろベアトリーチェのお茶会を楽しんでいる予定だった。
だが、ベアトリーチェの一言により仕方なく、ヴィクトリーチェのお茶会に参加することになったのだ。
『全員こちらにいては王族に不審がられてしまいます。変な所だけ鋭い奴らですもの。お母様たちはヴィクトリーチェのお茶会に参加してくださいませ。』
『えっ……わたくしたちが……それならアリステアでも……』
『チッチッチ……』
ベアトリーチェは舌を鳴らしながら指を揺らす。
『お父様にはこちらにいてもらわなければならないのですわ。一応セイレート公爵ですから。』
『一応とはなんだ……』
『お母様たちには、別でお料理の準備がございます。もちろんデザート付きです。ですから……今だけあちらのお茶会に参加してくださいませ。わたくしも後から行きますので……それに……きっとあちらで面白いものが見れますわ!』
――そして現在
バサッ、バサッ
大きなドラゴンが上空を旋回し始める。
すると、空から何かが降ってくるのが見えた。
「フェレシア、アリシア。きっとこれから面白いものが見れるわ。」
ベアトリクスが上を指さすと、それに気がついた二人が目を見開いた。
「皆さーん!!こちらですわぁぁ!!」
頭上から聞いたことのある声が降ってくる。
しかし、誰一人上を見ることはなかった。
それもそのはずだ。誰かが上から降ってくるなど……ありもしないのだから。
「こちらですって。上をご覧くださーい」
ヴィクトリーチェとよく似た声。
「ベアトリーチェ様の声が上から聞こえるわ。」
「でも、前にもいるわよ。」
「どっちかが偽物ってこと!?前にそんな噂があったわよね。」
違和感を覚えたものたちが恐る恐る、空を見上げた。
「……えっ……」
「ベアトリーチェ様が上から……?」
「降ってくる……!?」
そこには、両足首に布を括り付け、左右の手で風を器用に操りながら降下してくるベアトリーチェの姿があった。
そして――
ストン
「皆様、お待たせいたしました。」
綺麗に着地したベアトリーチェは、何事も無かったかのようにスカートを整えると、ふわりと左足を下げてカーテシーをした。
「前座は楽しんでいただけましたでしょうか?ここからは、ぜひわたくしが用意したお茶会をお楽しみいただけますと光栄です。」
ベアトリーチェはパンパンッと手を叩いた。
するとどこからともなく現れた侍女たちがこの場にあるティーカップや菓子類を片付けていく。
「ちょっと!何するのよ!わたくしがせっかく用意したお茶会よ!あんな偽物の言うことなんて聞くんじゃないわよ!」
「そうだぞ!!それになぜお前がここにいる。お前は王城を出禁にしたはずだ!誓約書だって書いただろうが!」
ヴィクトリーチェとディオンはベアトリーチェを指さしながら、子供のように地団駄を踏んだ。
「ふふっ……何をおっしゃるのですか?確かに、王城は出禁になりましたわね。ですが、こ・こ・が!どこかお分かりですか?」
ベアトリーチェは二人に近づくと、くすりと笑った。
「ここはわたくしの実家でセイレート領。王城ではございません。王城を出禁になったところで痛くも痒くもないのです。むしろここではあなた方が部外者ですのよ?」
「は?お前はヴィクトリーチェ・セイレートだろうが。本物のベアトリーチェは私の隣にいるこの女性だ。」
「そうですか……。あなたにとってのベアトリーチェが誰であってもわたくしには関係ありませんわ。ですが、この家はわたくしの家。それはここにいる家族と使用人たちが証明してくださいます。」
「「「ベアトリーチェ様。お帰りなさいませ。」」」
ベアトリーチェの言葉に、使用人たちが跪く。
使用人たちの声に迷いはない。
その姿を見て、多くの貴族たちは息を呑んだ。
(どうやら誰が本物かわかったようね。)
ベアトリクスはその様子を見てくすりと笑った。
そして――
使用人たちは次々に粗末なお茶会の跡を片付けると、ベアトリーチェの準備した会場へと作り変えていった。
「それでは皆様……ここからは優雅なお茶会を楽しみましょう。と……その前に……お客さまをお呼びいたしますわ。」
ベアトリーチェの言葉と同時に、ドラゴンが置いた客室から、煌びやかな男が出てきた。
威圧感があり、黄金の髪色を持つ男。
黄金の髪とは対照的な黒い瞳が、会場を静かに見渡した。
その圧に貴族たちは思わず後ずさる。
その隣にはレヴィールが立っている。
「な、なぜ……お前がここにいる……レヴィール」
「ディオン。お前と話をしに来た。」
レヴィールは静かに告げると、一歩前に出た。
その瞳には家族としての情はない。
王族のひとりとして、男の隣に並び立っていた。




