あなた……本当にベアトリーチェなの?
「お、お義母さま……」
「ベアトリーチェ!あなた、わたくしをバカにしているの!?」
「そ、そんな……酷いです。バカになんてしていませんわ。」
ヴィクトリーチェは目の前で怒っているエリザベートを見て、目を瞬いた。
(なんで、こんなに怒っているのよ……)
ヴィクトリーチェはなぜ王妃が怒っているのか理解ができなかった。
それもそのはずだ……
ヴィクトリーチェは今まで一度たりともベアトリーチェのお茶会に出たことがないのだから……
「これがあなたのお茶会だと言うの?」
「えぇ、いつも通りのただのお茶会ですもの。何も変わりませんわ。」
エリザベートのこめかみがピクリと引き攣った。
刹那――
バキッ
エリザベートが持っていた扇子から鈍い音が響き渡る。
「ふざけるのもいい加減にしてちょうだい!」
「お義母さま!?」
ガタンッ
エリザベートが勢いよく立ち上がると、近くのテーブルへ歩み寄った。
「あなたにお義母さまと呼ばれる筋合いはないわ……」
「そんな……たかがお茶会ではないですか……わたくしは今までどおり行っただけです。何がそんなにいけないのですか?」
「……たかがお茶会……?そう……たかがお茶会ね。あなたがそんなこと言うなんて今まであったかしら?むしろわたくしがお茶会の話をしたら、頼む前に喜んで準備をしていたはずよ?それに……」
エリザベートは近くに置いてあったポットを手に取るとそのまま、一歩ずつヴィクトリーチェに近づいていく。
そして――
バシャッ
ヴィクトリーチェ目掛けて中身を投げた。
「あ、危ないじゃないですか!?」
ヴィクトリーチェの声が会場内に響く。
そしてお茶会に参加していた人たちがヴィクトリーチェを見た。
嫌な視線に口角がぴくついた。
「危ない?冷め切ってぬるくなった紅茶のどこが危ないのかしら。それにこの色……まるで泥水みたいじゃない。どうやって作ればこんなことになるのかしら。」
「このパサパサのクッキーや派手な色のケーキもそうよ。」
「で、ですが……見た目は華やかじゃないですか!?」
「確かに……華やかさも大切ね。でもこれは華やかとは言わないわ。」
「……へっ……」
ヴィクトリーチェは呆けた声をあげる。
「なんでも派手にすればいいってことじゃないのよ。この香りの強い花もそう。というより……そのようなことも知らないのね。」
「わたくしの知っているお茶会とは大違いだわ。あなた……」
そしてヴィクトリーチェの前でピタリと止まると、折った扇子を彼女の顔の前に突き出した。
「ひっ……」
「あなた……本当にベアトリーチェなの?」
エリザベートの言葉に、場内が静まり返った。
誰もが息をのみ、二人を見つめている。
ベアトリクスやフェレシアたちも二人を見るだけで話に入る気はなさそうだ。
「この空気……なんとかしてよ……」
誰かが呟いたその時、
バサッバサッ
静けさをかき消すように上空が騒がしくなった。
***
「では……これで決まりですね。」
「いいだろう。それよりも……こんな簡単に決めてしまってよかったのか?」
「簡単……ですか?何百年も喧嘩をしていたのですよ。どこが簡単なのでしょうか。それに巻き込まれてきた民達のことを考えれば……今更かと思いたいところです。」
ヴィクトリーチェのお茶会が始まる少し前――
セイレート城の離れでは、ベアトリーチェ主催のお茶会が開かれていた。
そこにいるのはこの国で王族の次に身分の高い四大公爵と、王族に不信感のある貴族数名、そしてケルベリオン帝国の現皇帝であるグラハルト・ケルベリオンだ。
本来であれば全員集めて話をしたかったところだが、そうしてしまうと王家が気づいてしまう恐れがある。
そうして考えついたのが、夫人やご令嬢にはヴィクトリーチェのお茶会に参加してもらうということだった。
(今頃……あっちはどうなっているのかしらね……)
ベアトリーチェは本城へちらりと視線を向けると、深く息を吐いてから口角を上げた。
「皆様、急なお茶会にご参加いただき感謝いたしますわ。空の旅はいかがでしたでしょうか?今日のお話し合い次第では今後移動も格段に早くなっていくでしょう。皆さんの暮らしが少しでも楽になれば良いのですが……。」
わざとらしく視線を落とし、困ったように微笑むと、一部の者を除いて頬を赤く染めた。
(こういう時は……王妃教育しておいてよかったと思うわね。)
ギルバートたちを見れば何か言いたそうな顔をしているが……
(気にしたら負けね。)
「そうでした。もう一人お客さまをお招きしておりますの。今お呼びいたしますね。」
ベアトリーチェが手を合わせてアリスターへ合図を送ると、彼は静かに頷いた。
次の瞬間、ガチャリと扉が開く。
すると、アリオンに背中を押されながら一人の男が目の前に現れた。
「おい、アリオン。一体何が……って……なんだ?」
男は何も聞かされていないのか、会場内に押し込められると目を瞬いた。
「ふふっ……もう一人のお客さまのご登場ですわ。レヴィール・アルキューネ第一王子殿下です。」
ベアトリーチェは空いている席の椅子を後ろに引く。
そして、そこに座るように促した。
「では……皆さん揃いましたね。ベアトリーチェのお茶会へようこそおいでくださいました……お茶を飲みながらゆっくりお話……と行きたいところですが。」
ベアトリーチェはそこで一度区切ると、それぞれの前に紙を置いていく。
「まずは大切なお話をいたしましょう。ケルベリオン帝国とアルキューネ国のこれからについて……」
ベアトリーチェの言葉にその場にいた全員が言葉を飲み込んだ。
「そうだな。まずはその話を聞いてから決めよう。ベアトリーチェ嬢。君は何を考えている?本当に我々と手を組む気なのか?」
グラハルトは紅茶を一口飲んでから口を開く。
その言葉はこの場にいる誰よりも重く、威圧感がある。
しかし、ベアトリーチェは気にする様子もなく、話を続けた。
「もちろんですわ。わたくしのために……この地をもっと豊かにする必要がありますの。そのためにも、ケルベリオン皇帝陛下に是非協力していただきたいのです。」
「お前のため……か?」
「えぇ、その通りです。わたくしは美味しい紅茶やお菓子を食べたい。そして、ちょっと推し活を楽しみたいのです。」
「……は?」
レヴィールが間の抜けた声を漏らした。
「そのためには自分だけが作るだけでは意味がありません。他の方が作った美味しいものを食べたいのです。」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
レヴィールは額を押さえた。
「話が読めないんだが……というか、なんだこの集まりは!?」
そう思っているのはレヴィールだけではない。ギルバートや、アリステアたちも、ベアトリーチェの行動に額を押さえている。
そんな中、一人だけが口元に手を置き笑いを堪えていた。
「ククッ……お前面白いな。どうだ、俺のところに嫁に来ないか?」
「ふふっ。何をご冗談を。こんなちんちくりん結婚相手にしたら国家の恥となってしまいますわ。」
ギルバートには、二人の後ろに虎とチンチラが見えた気がした。
「ますます気に入った。元々ここに来た時からこちらの答えは決まっている。民達の暮らしが豊かになるのであればそれに超したことはない。我が国はベアトリーチェ条約に賛同しよう。」
「「「「ベアトリーチェ条約!?」」」」
初めて聞く名前に、レヴィールだけでなくギルバートたちの声も重なった。




