ベアトリーチェのお茶会?
「お義母さま、わたくしのお城はとっても広いのです。ですから、迷子にならないように注意してくださいませ。ふふっ、わたくしも何度迷子になったことか……」
「まぁ、そうなのね。アルキューネ城も広いと思うけど、どちらの方が広いのかしら。」
「アルキューネ城の方が広いと思いますわ。ですが、ここはとても入り組んでいて迷路みたいなのです。」
アレクサンダルはエリザベートとヴィクトリーチェが話している姿を片目で見ながら後ろをついて歩いた。
本来であれば王妃よりも国王の方が前を歩くのだが、この娘は何も理解していないようだ。
アレクサンダルはヴィクトリーチェに付いている侍女へ視線を送るがすっと視線を逸らした。
叱責を恐れて視線を逸らしたという訳でもなさそうだ。
アレクサンダルは周囲を見渡した。
だが、誰一人としてヴィクトリーチェに何かを言うつもりは無いらしい。
忠誠から来ている……というよりは、ヴィクトリーチェの好きにさせていると言った方が正しいように思える。
(……なるほどな)
アレクサンダルは自分の髭を無意識に触ると、前を歩く二人へ視線を戻した。
それから歩き続けること数分。
先ほどまではしなかったムワッとした香りが、向かっている方角から漂ってきた。
(なんだ……この香りは……)
バラの香りにしては強く、擦れた匂いとは違う香りに、アレクサンダルは思わず顔を顰めた。
「お待たせいたしました。お義母さま。今日のお茶会の会場はこちらです!」
「まぁ!素敵な香りね。今日のお茶会も期待できそうだわ。あなたのお茶会が楽しみで全然眠れなかったのよ。」
(どこがだ……眠れなかったのは男が来ていたからだろうが……)
しかし、エリザベートは気づいてすらいないのか……
ヴィクトリーチェが扉を開くのを今か今かと楽しみにしている。
「ゴホッゴホッ!!」
(やめてくれ!!)
アレクサンダルは何度も開けるなと叫ぼうとするが、噎せるような香りに咳き込んでしまい、それ以上の言葉が出てこなかった。
「では、開けますわね!」
「えぇ!!」
ギィーーー
重い扉がゆっくりと開いていくと同時に、眩い光が部屋の中へと入ってくる。
「ゴホッゴホッ……」
(なんだ……今度は。)
キラキラを超えてチカチカする光に、クラっと体がよろける。
「ち、父上!?」
「陛下!?」
意識が途切れる瞬間、ディオンの顔がちらりと見えた。
その顔は心配していると言うよりも、ニヤリと卑しい笑みを浮かべていた。
***
「おい、早く国王陛下を運び出せ!!ここは私が取り仕切る。」
ディオンは自分の後ろに控えていた従者に声をかけた。
その声色に、父親を心配しているという様子は見受けられない。
「し、かし……」
「よろしいのですか?」
従者たちは急いで陛下に近づいた。
顔色が悪く呼吸も浅い……
正直この状態の陛下を連れ出すには気が進まなかった。
「何かあれば俺たちの責任になるぞ……」
従者がボソッと呟くと……それが聞こえていたのかディオンは目を吊り上げた。
「私の言うことが聞けないというのか!?お前たちがどうなろうが、私の知ったことでは無い。」
冷たく言い放つディオンに従者たちは言葉を失った。
嫌な汗が背中を伝う。
「それとも、父上をこのままにして私の反感を買い、一族路頭に迷うか?好きなほうを選ばせてやるぞ?」
「……」
従者たちは何も言い返すことができぬまま、会場の外へと運び出した。
そして、
国王陛下が茶会の席から居なくなった瞬間――
ディオンの声が響き渡った。
「皆の者。今日はよく集まってくれた。アレクサンダル国王陛下はこの通り体調が優れないようだ!今日は私が父に代わり国王としてこの場を取り仕切ろうと思う。」
ディオンの言葉に、場内が歓声に包まれた。
「今日は私の妃になる予定のベアトリーチェが、皆のために茶会を開いてくれた。是非とも堪能して言って欲しい。」
「きっと皆も満足してくれることだろう。」
ディオンはベアトリーチェの腰を抱きしめると頬に口付けした。
「リーチェ。今日も美しいな。」
「ディー。皆が見ているわ……やめてちょうだい……」
(国王陛下のことはもうどうでもいいのか……)
場内に戻った従者の一人は、抱きしめ合う二人を見てため息を吐いた。
以前のベアトリーチェだったら、急病人がいれば看病したはずだ。
だが、二人にそのような素振りはない。
それどころか、何も無かったかのように茶会を始めようとしている。
(あれは本当にベアトリーチェ様なのか……?)
従者は目の前に立つ派手な見た目をしたベアトリーチェに違和感を覚えた。
そしてそれは……
現実味を帯びていくことになる。
「ちょっと……このお茶本当にベアトリーチェさま準備したの?」
「そんなこと言っちゃダメよ……こんな話してるのバレたら……私たちどうなるか……」
先ほど従者に言っていた言葉を思い出したのか、令嬢のひとりが腕をつかみ肩を震わせる。
「でも……この会場だって……ベアトリーチェ様が準備したにしては趣味が悪いわ。」
「確かに……ひまわりに……ダリア……それにネリネの花って……季節外れもいい所じゃない……」
「しかも見てよ……あの食器……私さっきから目がチカチカしているの……あの食器のせいかしら……」
至る所から聞こえてくる言葉に、従者のひとりは周囲を見渡した。
(セイレート公爵たちは変わらない……か?アイトス公爵も……)
ベアトリーチェの親族であればなにかわかっているのではないかと考えたのだ。
だが、セイレート公爵もアイトス公爵も、そしてベアトリーチェの母であるセイレート夫人も……
皆いつも通り笑い、優雅にお茶を楽しんでいた。
そんな時――
ガシャーン!!
どこからともなく、食器の割れる音が響き渡った。
皆が一斉に音のした方へ顔を向けた。
「な、なによこれ!!」
そこには――
床に落ちたカップを見つめながら、ワナワナと肩を震わせるエリザベートの姿があった。




