お父様たちは放っておいてお茶会を楽しみます。
「このお菓子……美味しいわね。また腕を上げたのではなくて?」
ファルクナー城唯一の庭園――
灰色の石壁に這うように伸びる蔓。
そして、その先には白い小さな花や紫の花が咲き誇っている。
「ふふっ。お母様にそう言っていただけると嬉しいですわ。これはスコーンと、プリンと言うのです。」
ベアトリーチェはお菓子を説明しながら一つ一つベアトリクスの前に置いていく。
「それと……マドレーヌにフィナンシェと、ドライフルーツを使ったパウンドケーキです」
この数日、ベアトリーチェは料理長たちと一緒に商品開発に励んでいた。
パウンドケーキはほかのケーキに比べると日持ちしやすい。
それにドライフルーツを入れたことで、砂糖の量を抑えることができている。
だからといって甘くないわけではない。
そこはドライフルーツの甘みで上手くまかなえているというわけだ。
(普通のケーキよりもカロリー低いから罪悪感がないのよね……)
ベアトリクスもパウンドケーキが気になったのか、控えていた侍女に取り分けるように頼むと、早速フォークに手を伸ばした。
パクリ
ベアトリクスはパウンドケーキを一口食べると目を輝かせた。
「……ん~」
声にならない声が、ベアトリーチェの耳に届く。
(ふふっ……どうやら成功のようね……)
母の満足そうな顔を見て、ベアトリーチェは頬を緩めた。
そして、準備しておいた紅茶をベアトリクスの前に置く。
「お母様、こちらも一緒にどうぞ。茶葉はドライフルーツに合うアッサムを使っていますの。ミルクティーにしてあります。」
「どらいふるーつ……?」
ベアトリクスはベアトリーチェの呪文のような言葉に首を傾げた。
「ドライフルーツはフルーツから水分を抜いているのです。それをお酒につけて戻してからケーキに入れているのですわ。」
ベアトリーチェがパウンドケーキの中に入れたいくつかのドライフルーツをベアトリクスの前に出した。
「これが……ドライフルーツと、言うのね。なんだか……シワシワで美味しくなさそうだわ……」
「確かに、うまそうには見えない……」
ベアトリクスに続くようにギルバートがポツリと呟く。
この世界でフルーツを乾燥させるという発想はない。というよりも、乾燥させるという料理工程自体が存在しないのだ。
(本当、勿体ないわよね。まぁ、だからこそ面白いんだけど……)
ベアトリーチェは二人の反応を見てクスッと笑うと、お皿をスっと前に出した。
「ふふっ……物は試しと言いますでしょ?お二人ともそのままパクリと食べてみてくださいませ。こちらはぶどうを乾燥させたもの、こちらはリンゴを乾燥させた物です。ちなみに、今回ケーキの中に入っているのはリンゴのドライフルーツですの。」
二人は恐る恐るドライフルーツを手に持つとパクリと口に入れた。
その瞬間――
二人の目がパッと輝く。
「……あ、まい……?」
「……えぇ、普通のフルーツよりも風味が増しているようにも感じるわ……」
「「……おいしい……」」
ベアトリクスとギルバートの声が重なった。
「そのまま、アッサムミルクティーもどうぞ。普段のミルクとは一味違うはずですから、とてもよく合うと思います。」
ココナッツミルクを使うことが多いため、ミルクティーを作るとどうしてもココナッツの匂いが残る。
それはそれで美味しいのだが……
ベアトリーチェにとっては牛乳の方が馴染みがあった。
「わたくし、ミルクティーって苦手なのよね……」
ベアトリクスは少し困った顔をしながら、カップを手に取るのを渋っている。
「そう言わず……このミルクティーを飲めば世界が変わりますわ。」
ベアトリクスは仕方なさそうに、カップを手に持つとミルクティーを飲んだ。
ベアトリクスは目を瞬いた。
それはまるで赤ん坊が初めて離乳食を食べた時のようなそんな顔だった。
「……これは……本当にミルクティーなの?」
その言葉を肯定するかのように、ギルバートはこくりとうなずいた。
「ココナッツの匂いが苦手だったが……これはしないな?」
「ふふっ、ココナッツミルクは使っていませんからね。こちらは牛の乳を使っているのです。」
「「牛の乳……?」」
「えぇ、その名の通り、雌の牛から乳を取り出しました。牛は食べるだけ、と思う方が多いと思いますが、使い方は色々あるのですよ?」
ふふんっと自慢げに鼻を鳴らすベアトリーチェを見て、二人は開いた口が塞がらなかった。
「そうなの……か?」
「ええ、赤ちゃんだって母親の乳を飲んで育つでしょ?それと一緒です。ココナッツは匂いが強いですけど牛乳であればそこまで匂いがしません。それに……濃厚でしょう?」
ベアトリーチェは自分のカップを持ち上げると、微笑んだ。
「そうね……」
「あぁ、美味い……」
それに続くように、二人もミルクティーを一口飲む。
三人の間に穏やかな空気が流れる。
それからしばらく三人のお茶会を楽しんでいると、
カチャ
ベアトリーチェが持っていたカップをテーブルに置いた。
そして、ベアトリクスをじっと見据える。
「お母様……そろそろ何があったのかお話してくださいませんか?」
ベアトリクスはその言葉を待っていたのか、同じようにカップをテーブルに置くと、ベアトリーチェとギルバートを交互に見た。
「ふふっ……あなたは昔からそうね。」
「それは……お母様とお父様の娘ですからね。」
母は元アイトス公爵家の令嬢だった。
アイトス公爵家は軍事に強く、この国の国防を任されている。そして、セイレート公爵家は外交や情報集めに長けている。
言わばアルキューネ国にとってアイトス公爵家は盾であり、セイレート公爵家は矛であるというわけだ。
そんな二人の娘が普通である方が不思議なくらいだ。
「お母様がわざわざ来てくださっている。そしてここに泊まるということは……家で何かがあったのではないですか?お兄様たちまで来ているのがその証拠かと……」
ベアトリーチェの言葉にベアトリクスは、ほっと息を吐き出すと、そのまま話し出した。
「今、我が家にはもう一人のベアトリーチェが来ているのよ。それでね、二週間後……いえ、話を聞いてから一週間経っているから、一週間後ね……我が家でお茶会が開催されることになったの。」
「お茶会……ですか?」
ベアトリーチェは首を傾げる。
もう一人のベアトリーチェということはヴィクトリーチェのことだろう。
(あの子にお茶会の準備なんて出来るのかしら……)
「そうよ。お父様が言うには、国王がベアトリーチェならお茶会を開催できるだろうと焚き付けたようなの。それでね……王族たちも集まってお茶会をする……というわけ。」
いい迷惑だ……
自分たちから偽物だと騒いでおいて、今度は偽物かどうかを調べるために我が家でお茶会をするという……
ベアトリーチェは手をぎゅっと握ると、肩をわなわなと揺らした。
「本当……バカげてますわね。そんなことに我が家を使う……?それどころかお茶会をする……?お茶会はおいしいお菓子を食べて楽しむためのものであって、政治の道具ではないわ!!」
ベアトリーチェはバッと立ち上がり、扉の外へ向かった。
「待て、どこに行く。」
ベアトリーチェの突然の行動に、ギルバートは慌てて声をかける。
「ギルバート様、お母様。わたくしお茶会に参加させていただきます。あの方々には金輪際私に関わらないように言わなくて分かりません。それと、セイレート公爵家とアイトス公爵家の皆さんを集めてください。ふふっ……わたくしいいこと思いつきましたの……これからどうなるか……楽しみですわね……」
早口で言いたいことだけ言うと、ベアトリーチェはその場を後にした。
残されたギルバートは呆気に取られ、ベアトリクスはそんな二人を楽しそうに見つめていた。




