お母様には誰も勝てません。
「一週間……ですか。」
「あぁ、君とベアトリーチェの様子も見てみたかったしな。」
ギルバートは、アリステアから出た言葉を理解できずにいた。
(婚約の話じゃなかったのか?)
アリオンたちがベアトリーチェを連れてきてからの数週間。ギルバートはベアトリーチェを仮の婚約者として扱ってきたつもりだった。
ベアトリーチェの事が恋愛的に好きかと聞かれれば、そういった感情はまだないだろう。
だが、他の令嬢たちに比べれば、好感を持てるとは思っている。
(珍獣としてだが……)
だからこそ、婚約の話であれば受け入れよう、そう思っていた。
しかし――
蓋を開けてみれば「一週間泊めて欲しい……」のみ。
ギルバートは隣に座っていたアリオンやアリスターに視線を送ると二人はサッと視線を逸らした。
(こいつら……わざと連絡しなかったな……)
ギルバートは一度目を瞑ると深く息を吐いた。
「承知しました。我が家でよろしければ、部屋は余っておりますしゆっくりして行ってください。ハンス……」
ギルバートが手を軽くあげると、ハンスは「承知しました」と一言だけ残しその場を去った。
「そう言ってくれると思っていたよ。それで……だ……」
アリステアは咳払いをすると、視線を泳がせた。
「その……だな……」
「父上。」
「わかっておる……だが……な。」
モゴモゴと口を動かすが、なかなか先に話が進まない。
「なにか話すのに不都合があるのでしたら、別日に変えても……」
「いや……待ってくれ!!」
ギルバートが立ち上がろうとすると、アリステアが慌てたように身を乗り出した。
(どうしろと言うんだ……)
もう一度アリオンを見れば、アリオンは肩を竦めるだけ。
(話が進まないんだが……)
続いてアリスターを見ても同じ反応をするばかり……
(参ったな……)
仕事がないわけではない。
話が進まないのであれば一旦切り上げて仕事に戻りたいのだが……
ギルバートは、そのままゆっくり椅子に座り直すと、小さく息を吐いた。
カチャ
応接室の間に、スプーンとカップがぶつかる音が響き渡る。
(いつまで回してるんだ……)
既にミルクが混ざりきった紅茶を見ていると、アリステアはスプーンの動きを止めて、深く息を吐いた。
そして――重たい口を開いた。
「……ベルは………その……迷惑かけていないだろうか……」
その瞬間――
「迷惑なんてかけていませんわ!!」
バンッと扉を開ける音と同時に、ベアトリーチェの声が応接室に飛び込んできた。
「べ、ベル!?」
「お前……なんでそんな格好を……!?」
「まさか……ギルバートに小間使いにされているのか!?」
アリステア、アリスター、アリオンが立て続けに声を上げると、三人の視線が一斉にギルバートへ向いた。
(待て……なぜ俺を見る。)
ギルバートのこめかみにたらりと汗が垂れる。
ギルバートはハンカチを取り出すと汗を拭った。
「小間使い!?そんなことするわけないではないですか。」
「そうですわ。わたくしはお二人の恋の応援団なのです。そんなわたくしが小間使い?むしろ団長と呼んで欲しいですわ。」
「いや、お前は今黙っていてくれ。」
「ですが……私は何も悪いことしていませんもの。この格好はわたくしが好きだからしているのですわ。それに……ドレスより動きやすくて幸せですの。どう?お母様も着てみないかしら。」
「あら、いいわね。ベル、私にもそのワンピースを一枚いただけるかしら……」
ベアトリクスがリネットに声をかけると、彼女はギルバートをちらりと見てから「かしこまりました。」と伝え外に出た。
「ベアトリクス!!」
「母上、何を仰っているのですか!?」
「いい歳した大人なんですから、ベルの真似はしないでくださいませ。」
アリオンの言葉に、ベアトリクスは目を細めた。
「アリオン。あなたわたくしのことをなんて言ったのかしら?」
「俺は別に……」
アリオンはサッと視線を逸らすと、そのままギルバートを見据える。
(おいおい……俺を巻き込むな……)
アリオンの露骨な責任転嫁に、ギルバートは眉をひそめた。
ベアトリクスはアリオンの視線の先にいたギルバートへ視線を移した。
ベアトリクスの視線がギルバートの至る所に突き刺さる。
(おい、アリオン……止めてくれ!!)
だが――
当人たちは、知らぬ存ぜぬとばかりに視線を合わせようとはしなかった。
「あら、あなたもわたくしのことを笑ったの?」
「いや、私関係ありません。」
ギルバートは首を横に振る。
「そう……?」
「ええ、むしろ早く話の続きをはじめていただきたいくらいです。」
「あら……?まだ話は終わっていなかったのね……てっきり、もう終わったものと思っていたのだけれど、一体どういうことかしら?アリステア。」
ベアトリクスもギルバートは関係ないと知っていたのか、ギルバートにしか見えないようにウインクをすると、三人の元へむかった。
三人は頬をヒクつかせながら額の汗をハンカチで拭っている。
どうやら、この家の一番の強者はベアトリクスらしい。
「それは……その……」
アリステアは一瞬目を泳がせたあと、何かを思いついたように、ベアトリクスを見てニヤリと笑った。
「そう、今話そうと思っていたのだ。」
「へぇ……そうなの?でしたら早くなさっては?ベアトリーチェ。こんな木偶の坊は放っておいて、わたくしたちはお茶にしましょ?」
「えっ!?よろしいんですか?」
ベアトリクスの声にベアトリーチェは目を輝かせる。
(出来れば……俺もついて行きたいんだが……)
「もちろんよ。わたくしにここを案内してちょうだい?出来ればギルバートもよろしいかしら……?」
(助かった……)
ギルバートは内心安堵しながら立ち上がった。
そして、貴婦人への礼としてベアトリクスの手を取り、指先に軽く口づける。
「喜んでお供いたしましょう。セイレート夫人。」
「ふふっ、そんな余所余所しい言い方は止めてちょうだい。わたくしのことはお母様と呼んでくれると嬉しいわ!」
ベアトリクスはにこりと微笑むと、応接室の扉を開いた。
「ま、待ってくれ!」
「さっ、ベアトリーチェ、ギルバート。行きましょうか?」
「はいっ!お母様!」
後ろでアリステアが何か叫んでいたが、ベアトリクスはそんなこと気にも留めず、勢いよく扉を閉めた。




