お茶会の日までよろしくね。
「あら、帰ってきたのね?」
「お母様……ただいま戻りました。」
「あなたに母と呼ばれる筋合いはなくてよ?」
アイトス公爵の来訪から翌日――
セイレート公爵家には、ベアトリーチェによく似た女が訪問していた。
(似てはいるが……)
よく見ると全く違う。
ベアトリーチェよりも少し濃い銀髪に黒に近い青い瞳。
(銀髪というより……くすんだ灰色だな……)
垂れ目にぼってりとした唇……
(ディオンはこんなやつのどこがよかったんだ……)
愛らしいと思う男もいるのかもしれない。
だが、アリオンにはそう思えなかった。
「ふふっ……お母様、そんな言い方酷いじゃないですか」
「ふふっ。酷い?わたくしが……?その言葉、そっくりあなたにお返しするわ。」
ベアトリクスはテーブルに置かれていた紅茶を一気に飲み干すと、そのまま立ち上がり扉へと向かった。
「母上……」
アリオンの声にベアトリクスはピタリと動きを止める。
すると、息を吐いてから振り返った。
「王族が来るお茶会ですもの。準備が必要でしょう?その間だけはここに住むことを許しますわ。ですが……」
ベアトリクスは扇子を広げると、口元を隠して目を細めた後、にこりと微笑んだ。
「わたくし達の顔に泥を塗ったら……わかっていますわよね?」
パチン
扇子を閉じる音が響き渡る。
ヴィクトリーチェはそんな母を見て、何も言い返すことはできなかった。
その翌日――
アリステアをはじめとしたセイレート公爵一家は、ファルクナー侯爵家へと旅立った。
***
「ふふっ、ベアトリーチェったら……こんな良い物を持っていたのね。」
アリステアたちが城を出た日、ヴィクトリーチェはベアトリーチェの部屋に来ていた。
「ベアトリーチェ様!一体何をされているのですか!?」
クローゼットから始まり、タンス、鏡台の引き出しをしらみつぶしに開けていく。
「何って……見ていてわからない?掃除をしているのよ。」
侍女長であるミラはベアトリーチェにそっくりな女を見て驚いていた。
(奥様から聞いてはいたけど、ここまで似ているなんて……)
(と、言っても中身は全然違うようだけど……)
古びたドレスから宝石をむしり取っていく。
「これは、もういらないわね。売ってきてもらっていいかしら?お茶会の足しにするわ。」
「お茶会の足しですか……?」
ミラはヴィクトリーチェの言葉に目を見開いた。
ベアトリーチェであれば、なるべくある物でお茶会を行おうとするし、宝石を売るようなことはしない。
「そうよ?これで、私のドレスを買うの。ディーの婚約者ですもの、やはり綺麗な物を身に付けなくてはいけないでしょ?」
お茶会用に新しいドレスなど以ての外だ。
(ベアトリーチェお嬢様でしたら……ドレスよりもいい茶葉といいお菓子の方が大事と言いそうだわ。)
「そうですか……」
セイレート一家がここを出て行く前、ミラはベアトリクスからとあるお願いをされていた。
『ミラ。あの子のことはベアトリーチェとして扱ってちょうだい?』
『ですが……よろしいのですか……?』
ベアトリクスはにこりと微笑むと、冷ややかな目で部屋の中にいるヴィクトリーチェへ視線を向けた。
扉が閉まっているから本人には見えていない。
だが、外から中の様子は丸わかりだった。
『ふふふははははは!!これで全て私のモノよ。あぁ~おかしい~。こんな簡単に手に入るなんて……本当、貴族ってバカばかりなのねぇ~』
部屋の中で大きな笑い声をあげるヴィクトリーチェにミラは思わずベアトリクスの顔を見上げる。
『ふふっ……バカはどちらかしらね。』
ベアトリクスは持っていた扇子を折れそうなほど強く握った。
そして、ふっと手の力を抜くと、ミラの肩に手を置く。
『いい?二週間後、ここでお茶会が行われるわ。それに王族も参加する。その意味は……わかるわね?』
王族が王城を出てわざわざお茶会に参加するというのはそうそうあることではない。
しかも、王族という言い方をするということは……
(国王や王妃も参加する可能性がある……ということね。)
ミラは小さくうなずく。
『王妃やディオン第二王子殿下はなぜかあの子を可愛がっているわ。まぁ、それはどうでもいいのだけど。お茶会はベルの得意分野。あの子が開催したお茶会は他のお茶会と一味も二味も違う。』
『そうですね……』
茶葉の選定から始まり……その茶葉に合うお菓子に至るまで全て自分で用意しなければ気がすまない。
『王妃だってあの子のお茶会のすごさを知っているわ。王妃主催のお茶会と謳いながら準備をしていたのはあの子なのだから。』
ベアトリクスはそこまで言うとクスッと笑った。
『笑っていられるのも今のうちよ?』
その笑顔はベアトリーチェが何かを企んでいる時にする顔そっくりだ。
『承知しました。あの方をベアトリーチェお嬢様として見るのは癪ですが……奥様の言う通り、ベアトリーチェお嬢様として扱いましょう。』
『ありがとう、ミラ。あとのことはお願いね?』
そう言って肩をポンッと叩くと、ベアトリクスは廊下を歩き出した。
ベアトリクスが振り返ることはもうなかった。
それから一日――
ミラは目の前にいるヴィクトリーチェを見て、ため息を吐いた。
(お嬢様も奥様も……変わり者というのは本当だったのね……)
ベアトリーチェやベアトリクスだけではない。
アイトス公爵一家も似たりよったりだ。
だからこそ全く気づかなかった。
(普通の令嬢はこんな感じなのね)
ヴィクトリーチェはドレス選びや宝石に夢中で、お茶会の準備を一切しようとしなかった。
その頃、ベアトリーチェたちは――
「商会を立ち上げてもいいかしら?」
セイレート公爵一家がファルクナー侯爵領へ向かっていることも知らず、ベアトリーチェは呑気に商会設立の話を進めていたのだった。




