お嬢様は今日も絶好調です。
ピクニックを終えて数日――
リネットがベアトリーチェから離れて庭掃除の手伝いをしていると、中庭に人集りができていた。
(何をしているのかしら……)
チラリと横目で見てみると、その中心ではよく見知った髪色がゆらゆらと見え隠れしている。
「あれは……まさか……」
見間違いかもしれない。
そう思ったリネットは、目を閉じると深く息を吐いた。
「……そんなはずないわよね。」
しかし――
「皆さんのご家族やご友人で、お仕事がなくて困っている方はいらっしゃらないかしら。」
リネットの考えは、中心にいる人物の一声で見事に崩れ去った。
「お嬢様……」
リネットの声にベアトリーチェを囲っていた侍女や従者たちが振り返る。
そして、リネットが通れるように道を開けてくれた。
侍女たちの目には「早くこの人を連れて行って欲しい」とでかでかと書かれている。
どうやら仕事の途中で呼び出されたようだ。
だが、ベアトリーチェはそんなこともお構いなしに話を続けようとしていた。
「お嬢様……」
リネットがもう一度呼びかけると、やっと耳に入ったのかパッと振り返った。
「あら、リネット。あなたも来てくださったのね?」
「いえ、たまたま通り掛かっただけです。それより……」
リネットは一度区切ると、目を細めてベアトリーチェを見据える。
「何をされているのですか?」
「そうだったわね!早く話をしないと……」
勘違いしたベアトリーチェはポンッと手を叩くと、満面の笑みで微笑んだ。
「わたくし、いいこと思いつきましたの。」
「いいこと……?」
リネットの頬がピクリと動く。
(また何か言い出したわ……)
最近のベアトリーチェはいつもこうだ。
止まることを知らない。
なにか思いついたと思ったら、いつの間にか姿を消してしまう。
もちろん予定があったとしてもだ。
第二王子殿下の婚約者だった頃の反動とでも言うように……
(今、それどころではないと思うんだけど……もう少し落ち着いてくれないかしら……)
リネットは近くにいた侍女に箒を渡すと、ベアトリーチェに近づいた。
「本日のご予定を覚えていらっしゃいますか?」
「えっ……予定……?」
ベアトリーチェはこてんと首をかしげる。
(絶対忘れてたわね……)
「旦那様と奥様が来られると伝えたはずなのですが……?」
リネットはベアトリーチェの耳をグイッと引っ張った。
「この耳はやはり飾りでしたか?」
「痛っ!!わ、わ、わす、わかってるから……離してよぉぉ。」
忘れていなかったと本人は言い切っているが、ドレスも着ず侍女服に身を包んでいる時点で答えは明白だった。
リネットはベアトリーチェの耳を離す。
「行きますよ。」
「えっ、でも……まだ途中……」
(この期に及んで……)
ベアトリーチェはちらちらと周りの侍女たちに助けを求めようとするが、誰一人として助けようとはしなかった。
「ベアトリーチェ様。私達はいつでもお話を聞きますので。」
「そうです。今はリネットの言葉を優先してください。」
そして、一人……また一人とリネットの肩をポンッと叩くとこの場を去っていく。
「さっ、お嬢様。誰もいなくなりましたし、これ以上話すことはできませんね。部屋に戻って早くお支度を……」
刹那――
「ベルー!!会いたかったわぁぁぁ!!」
ドタドタドタ
大きな足音とともに、ベアトリーチェとよく似た声がファルクナー城に響き渡った。
「お、お母様……!?」
「ふふっ、驚かせようと思って早く来ちゃったわ!アリスたちも待っているし、部屋の中に入りましょ。」
「はぁ……」
(間に合わなかったわね……)
リネットはベアトリクスに連れていかれるベアトリーチェを見て、ため息を吐いた。
***
「セイレート卿。よく来てくださいました。父と母は旅に出ているようでして……」
「構わんさ。こちらもうちの娘を任せてしまってすまなかったな。急だったし大変だったろう。」
応接室――
ギルバートとアリステア。
そしてアリスターとアリオンは一つのテーブルを囲うように座っていた。
「そんなことはございません。むしろ毎日が新鮮ですよ。何しでかすか分からないので退屈しません。」
「なんだと……!?」
ギルバートの言葉に、アリステアは眉を吊り上げた。
(正直に言い過ぎたか……)
相手は四大公爵の一人。
眉を吊り上げただけで、すごい威圧感だ。
(この場を収めるにはどうしたら……)
チラリとアリオンたちの方を見るが、気にも留めていないのかふたりで会話をしている。
(あの兄弟……役に立たないな。)
アリステアの眉間にさらに深い皺が刻まれる。
ギルバートの背筋に冷たいものが走った。
すると、次の瞬間――
「クッ……クハハハハハハハ!!」
応接室の中に男の笑い声が響き渡った。
「……へっ」
「はぁ……すまないな。急に笑ったりして。ただ君があまりに素直な反応するものだから、面白くなってしまった。」
(なんだ……怒っていた訳じゃないのか。)
ギルバートは、ふっと息を吐き出す。
いつの間にか息をするのも忘れていたらしい。
その素振りを見て、アリステアはまた「ククッ」と小さく笑った。
そして、目尻に溜まった涙を拭うと、足を組んで顔を引き締めた。
「さて、本題に入ろう。」
「本題……ですか?」
本題……
(婚約の話か?)
手紙にはただ来る事だけが記載されていて、それ以外の事は何も書いていなかった。
そのため、本題が何なのか見当もつかない。
「そうだ。」
アリステアはそこで一旦話を止めると、膝の上で手を組み、目を細めた。
ゴクリ……
部屋の中に緊張感が漂う。
「な、なんでしょう……」
ギルバートが何とか言葉を返すと、アリステアはふっと息を吐き出した。
「今日から一週間、私たちを泊めて欲しい。」
「……」
まさかの言葉に、一瞬思考が止まった。
そしてやっと出てきたのは……
「……は?」
たった一文字のみだった。




