公爵令嬢、今日も妄想全開です!
「いただきます」
ギルバートは恐る恐るパンにかぶり付いた。
その瞬間――
まるで時間が止まったかのように、ピタリと動きが止まる。
(固くない……)
いつものパンであれば……スープに浸さなければ食べることすら嫌になるパンが……
口の中で噛み切ることができる。
「この……パンに乗っている物は……」
「乗っているんじゃなくて挟んでいると言ってくださいませ。これはコッペパンサンドと言うのです。サンドは挟むという意味ですわ。」
ベアトリーチェは割れているところを少し広げて具材を押し出した。
「サンドイッチというのは理解した。だが、聞きたいのはそこじゃない。この乗っているもの……」
ベアトリーチェの目がジロリとギルバートを見据える。
(そんなに重要なのか……)
ギルバートは小さく息を吐いてから言い直した。
「いや、挟んであるものか……」
するとベアトリーチェは満足そうな顔をしてうなずく。
「この挟んであるものはなんだ?……いや、パンもだが。初めて食べる味だ。」
細長く変わった形をしたパンは驚くほど柔らかい。
さらに、中に挟まれている淡い黄色をした具材。
口の中に入れた瞬間ホロホロと崩れ、溶けるように消えていく。
まろやかな味わいの中に程よい酸味があり、思わずもう一口食べたくなる。
肉とも野菜とも違う。
だが、不思議と空腹感を満たしてくれる味だった。
「こちらの具材はタマゴサンド。そして、パンはわたくしが料理長たちに手伝ってもらって開発したコッペパンというのですわ。」
「卵……?これが……か?」
卵といえば黄色い色をしているイメージしかない。
「ふふっ。ギルバート様もご存知なかったのですね。普段は焼いた卵しか見ることがありませんものね。」
ギルバートは朝食に出てくるオムレツを思い出した。
「これは、卵を茹でているのです。ゆで卵とでも言いましょうか。それを細かく潰してマヨネーズと混ぜているのですわ。」
「……まよねーず?」
ギルバートは首を傾げた。
「えぇ、皆が虜になるマヨネーズです。野菜だってこれ一つでさらに美味しくなりますの。」
次から次に出てくる知らない言葉たち……
相手がベアトリーチェだからか、問い詰める気力も起きなかった。
(珍獣だから仕方ないか……)
ギルバートは持っているタマゴサンドを食べ終えると、指についたマヨネーズを舌でぺろりと舐めた。
「……うまいな……」
よほど美味しかったのか、ギルバートの頬はいつもより緩んでいた。
***
(お気に召したようね。)
いつもしかめっ面ばかりしていて眉間に皺を寄せているギルバートが、指先をペロリと舐めながら子供のように頬を緩めている。
(色気……破壊力抜群すぎる……)
ベアトリーチェはギルバートにバレないように口元を隠すと、じっと彼を見据えた。
(これは令嬢たちが騒ぐのも無理ないわね)
「なんだ?」
二人の間に沈黙が流れる。
ベアトリーチェは何を言うでなく、すっと籠をギルバートの前へと出した。
「いえ、別に……ただ、その顔はハンスの前だけにした方が良いかと思いますの。ハンスがヤキモチを妬いてしまいますわ。」
「だからなぜそこでハンスが出てくる。」
ギルバートは呆れたようにため息を吐きながら、籠から別のサンドイッチを取り出した。
特製、豚カツサンド。
キャベツの千切り。その上には食べやすく切った豚カツが敷き詰められている。
そして極めつけは、秘伝のソースだ。
野菜の旨みの塊とも言えるブイヨンに、潰したトマト、みじん切りにした玉ねぎ、人参、そしてすりおろしたリンゴと胡椒や塩を入れてコトコト煮込む。
(これが美味しくないなんて言ったら……バチが当たるわ。)
ギルバートは大きく口を開けてかぶりついた。
その瞬間――
彼は目を大きく見開くと、無言でもう一口かぶりつく。
「ふふっ。どうやらお気に召したようですわね」
ベアトリーチェはボソッと呟くと、ギルバートの顔を見つめてほくそ笑んだ。
(ギルバート様のあの顔……絶対高く売れるわよ……)
ベアトリーチェは以前ギルバートが言っていたことを思い出した。
幾人もの令嬢たちがギルバートの婚約者になりたいと迫るほど人気だったということを――
(竹があれば……うちわが作れるわね。人気どころの令息たちの絵を描いて販売とかしたらどうかしら……)
ファルクナー城に来てからというもの、次から次にアイデアが浮かんでいく。
(お兄様達も、あぁ見えて人気だし……売れる気がするのよね。なんだかアイドルみたいで楽しそうじゃない。)
「おい、ベル……」
(あとは、レヴィール第一王子殿下とかどうかしら。あの辺の側近も意外に人気あるもの。)
「聞いているのか!?」
ギルバートがベアトリーチェの肩を何度も揺らしているが、本人は気づいていないのか、そのままボーッとサンドイッチを食べている。
(まずは絵師さんを探さないといけないけど……絶対売れる気がするし……売れたら薄い本も作れるかも知れないわ。)
「おい、珍獣!!」
「冷たっ!!」
ベアトリーチェの頬に、冷えた水筒が押し付けられた。その冷たさにハッと我に返る。
(しまった……私としたことが、また別の世界に飛んでいたわ。)
「何を企んでる。」
「まぁ、失礼ですわね。わたくしが何か企むとでも?」
ベアトリーチェはわざとらしく咳払いをすると、目を細めた。
「お菓子やパン……竹だってそうだ。お前が言い出すと城の中がめちゃくちゃなことになる」
(城の中がめちゃくちゃ?)
ベアトリーチェは首を傾げた。
そもそもまだ開発を始めたばかり。
商品化もできていなければ……商会の立ち上げすらできていない。
(商会の名前だって決まっていないのに……まだ何も始まっていないじゃない。)
ベアトリーチェは頬を膨らますと、ギルバートから視線を逸らした。
「城の中が大変なことになっているのは……わたくしのせいではございませんわ。」
「どの口が言っている。」
「この口ですけれど……そもそもわたくしまだ何も始められていませんもの……確かに……パンは作りましたけれど。それはわたくしが食べたいからに他なりません。もちろんこの竹かごも効果はわかったわけですけれど。」
「効果……だと?」
ベアトリーチェは肩を竦めるとそのまま話を続けた。
「えぇ、このパンは昨日作ったものです。ですが味は落ちておりませんし、柔らかさもキープできております。それにこのマヨネーズですわ。一日置いても品質が保持できる。今回は一日でしたけれど……もしかしたらもっと持つかもしれませんわね。」
ギルバートはハッと息を呑んだ。
(どうやら言いたいことがわかったようね。)
品質を長く保持出来るようになれば、それだけ栄養のあるものを戦に持っていくことができるようになる。
商売についてもそうだ。離れた地から王都まで輸送できるようになるかもしれない。
(まぁ、私の狙いはこの国ではないんだけど……)
「日も落ちてきましたし、そろそろ帰りましょうか……帰るのが遅くなってしまいますもの。」
「そうだな……」
ギルバートはベアトリーチェの言葉にうなずくと、砦の外へと向かって歩き出した。
その後ろでベアトリーチェは砦の向こう側へ視線を向ける。
「ふふっ……これから楽しみですわね。」
ベアトリーチェの声は誰かに届くことなく宙へ消えた。




