馬は二頭でお願いいたします。
「やっと準備できたか。」
ベアトリーチェがエントランスからリネットに引きずられて行ってから三十分――
「はぁ……。」
ベアトリーチェは行きと同じように、リネットにズリズリと引きずられながらやってきた。
(理由は……聞かなくてもわかるな……)
ハムスターのように頬を膨らませ、顔にはでかでかと「行きたくない!」という文字が書かれている。
「ギルバート様。わたくしは高価なワンピースより侍女の制服の方が好きなのですが……それに、なぜ着替えなくてはならないのでしょう。意味がわかりません。」
「そんなこと言うな。ベルがここに来てからどこも行けていなかったからな。一緒に出かけようかと思っただけだ。」
ギルバートはベアトリーチェの頭をポンポンと叩くと、そのまま扉の方へと歩いていく。
「わたくしのため……?ですか。でしたら、ギルバート様とハンス様二人の姿を見せていただくだけで幸せなのですが……」
「俺とハンスはただの乳兄弟だ。それ以上でもそれ以下でもない。それよりさっさと行くぞ。」
リネットはズイッとベアトリーチェをギルバートに突き出すと鼻で笑った。
(仕返しのつもりか……)
「ちょ、リネット。何してるのよ。」
「何って……ギルバート様とお出かけなさるのですよね。お嬢様とギルバート様であれば、私がついていかなくても大丈夫だと思いますし、ギルバート様にお願いしようかと思いまして。」
(なぜそこで俺とベルになるんだ?)
リネットをチラリと見るが、視線を合わせようともしない。
(後で聞くか……)
ギルバートはそのままベアトリーチェを持ち上げるとそのまま外へと出た。
「行くぞ。」
「きゃっ!!わたくしはこれでも公爵令嬢でしてよ?こんな荷物みたいな運び方許さないんですからね!!」
「はいはい。」
ギルバートはベアトリーチェを馬の上に乗せると、自らも後ろに跨った。
「さっ、行くぞ。」
「えっ!?馬で行くの?」
ベアトリーチェは目を輝かせてギルバートを見た。
その行動に思わず息を呑む。
(第一声がそれか……!?)
今まで令嬢であれば、馬が臭いとか、馬車がいいと嫌がる女性ばかりだった。
「嫌なら、馬車にするが?」
ギルバートが肩を竦めると、彼女は首を振った。
「いえ、ただ一つお願いが……」
「お願い?」
「えぇ、出来ればわたくし用に別の馬を用意してくださいませんか?せっかくなら一人で乗りたいのです。」
「……はっ!?嫌がる理由はそっちか……!?」
ベアトリーチェは目を瞬いた。
その顔には「なぜそんなこと聞くのか?」と書いてあるのが見える。
「えっと……別に嫌がっていませんけど……ただ、せっかく久しぶりに馬に乗れるのですし、自分で乗りたいのです。だめでしょうか?」
(そっちか……)
「……って、ちょっと待て。お前一人で馬に乗れるのか!?」
「乗れますけど……?むしろ、乗れない人とかいるんですの?」
ギルバートは思わずハンスを見た。
ハンスもまた、信じられないものを見るような顔をしている。
公爵令嬢、いや貴族の令嬢は馬車で移動するものだ。
中には馬に乗るものもいなくもないが……
公爵令嬢の中にはいないだろう。
(いや、アイトス公爵家なら有り得るか……)
だが――少なくともギルバートの知る令嬢の中に、自ら馬を駆るものはいなかった。
「ハンス。お前の馬を貸してやれ。」
「えっ!?俺の……?」
「お前のしかないだろう。」
「わかった……」
ハンスはため息を吐くと、眉を顰めて馬小屋へと向かった。
***
「それではお気を付けて。」
「お嬢様、行ってらっしゃいませ。」
ベアトリーチェはギルバートの馬からハンスの馬へと乗り換えると、二人に手を振った。
「じゃあ、お留守番お願いね。」
「はい……」
二人が見えなくなったことを確認すると、ハンスはため息をついた。
「やっと行ったか……」
「そうですね……このやり取り……いつまで続くのかと思ってしまいました。」
「って……いつの間にいたんだ!?」
「初めからいましたが……」
(足音ひとつなかったぞ……)
リネットが一礼すると踵を返した。
しかし――
一歩足を踏み出したところでピタリと止まる。
(……何かしたか?)
「ハンス様。もしよければ後ほどわたくしと一緒にランチなどいかがでしょうか?」
リネットは持っていた籠をゆっくりと持ち上げた。
「ランチ?」
「ええ、お嬢様がよく言うのです。お昼ご飯はランチと言うとテンションが上がるとかで……」
「よく分からんな……言い方ひとつでなにか変わるなんて……」
「わたくしも同じ意見です。ですが……なぜでしょう。お嬢様が言うとなんだか変わって見えるんですよね。」
リネットは空を見あげた。
それにつられるようにハンスも顔を上げる。
雲ひとつない青空が広がっていた。
爽やかな風が吹き抜け、先ほどまでの騒がしさが嘘のようだ。
「わたくしにとって、お嬢様は太陽みたいな感じなのです。」
そう言ってニコリと微笑んだ。
(こんな顔、できるんだな……)
だが、その柔らかな表情は一瞬だった。
「それで、いかがいたしますか?」
リネットはもう一度籠を少し持ち上げた。
「もし、ハンス様が食べないのでしたら、わたくしがいただきますが……」
彼女はそこで一旦言葉を切ると、籠の蓋を開けた。
「ベアトリーチェお嬢様のお弁当です。」
その瞬間――
ふわりと美味しそうな匂いが広がる。
ハンスの腹の虫がぐぅーっと鳴った。
「ふふっ……こんな晴れた日に外で食べたら、きっと最高だと思いますよ。」
「ふっ……君はベアトリーチェ様と違って誘い方が下手だな。」
「なんか言いました……?」
「いや……だが、そうだな。こんないい天気の日に外で食べたら最高そうだ。」
「では後ほど……」
リネットが城の中に入った事を確認すると、ハンスは執務室へ向かった。
「さっ……ギルの仕事を片付けるか……」




