お菓子はなくなりましたが、特製弁当なら許して貰えますよね。
「お待たせいたしましたわ。副料理長。」
「ベアトリーチェ様。卵茹で上がりましたよ。本当にこれで良かったのでしょうか?」
副料理長は見た目の変わらない卵を見て不思議そうに首をかしげた。
「えぇ、大成功ですわ。そしたら次は卵の中身を取り出します。こうやって……」
コンコン
ベアトリーチェは卵同士をぶつけあった。
その瞬間――
「あ、危ない!!そんなことをしてはせっかく茹でた卵が割れてしまいます!!」
副料理長の声に、その場にいた全員が振り返った。
だが、ベアトリーチェは気にもとめず卵同士をぶつけ合う。
「大丈夫ですわ。中身は出てきませんもの。」
それだけ言うとベアトリーチェは卵の殻を綺麗に剥いて、副料理長の手のひらの上に置いた。
「わっ!」
副料理長はベアトリーチェの行動に思わず目をつぶった。
「ほら……?大丈夫でしょう。」
副料理長は恐る恐る目を開く。
「し、白い……玉?」
「ふふっ……これはゆで卵と言いますの。不思議でしょう?白身……透明な部分が白くなりますの。それに、中にある黄色い部分も固まって丸くなるのです。試しに、割ってみてくださいませ。」
ベアトリーチェは包丁を副料理長の前に置くと、少し離れた。
彼は包丁を手に持ち、卵を半分に切った。
「ほ、本当だ。黄色い部分が固まっている。」
(ふふっ……初めてのものを見るとあんな感じなのね……)
「塩をつけて食べても美味しいのですが、今日はマヨネーズに和えてパンに挟みましょう。」
卵を細かく切ると器の中に入れて、マヨネーズを足した。
スプーンで卵とマヨネーズをぐるぐる混ぜる。
(ん~……これよこれ!タマゴサンドといえばやっぱりこれよね。)
「そちらの方……コッペパンを半分に切って、切った部分にバターを塗ってください。」
ベアトリーチェは一人一人に分かりやすく作業できるように指示を出していく。
「それから、そちらの方は野菜を食べやすい厚さに切ってくださいませ。」
「はいっ!!」
こちらを見ていた料理人たちが、一斉に動き出した。
「わたくしも、お菓子作りをはじめないとね……」
ベアトリーチェが、マドレーヌとフィナンシェを作るために動き出したその時――
ガチャン
厨房の扉が開いた。
コツンコツン
重い足音がベアトリーチェに近付く。
「ベアトリーチェ様、ここにいらっしゃいましたか。」
「あら、ベンジャミンさん。どうかされました?」
ベアトリーチェが振り返ると、そこには大きな包みを持ったベンジャミンが立っていた。
「ベアトリーチェ様。私のことはベンジャミンと呼んでくださいとお伝えしたではございませんか。」
「ごめんなさい、そうでしたわね!それで……こんな朝早くにどうされたのです……?」
ベアトリーチェが首を傾げると、ベンジャミンが調理台に持っていた包みを置いた。
「こちらを……いただいたものなのですが……」
ゆっくり包みを開くと、中には美しい桜色の肉が入っていた。
大理石のように細かく繊細な脂が艶やかに輝いている。
(なんて美味しそうなのかしら……)
ゴクリ
思わず喉の奥が鳴った。
「これは豚肉……?」
「はい。先日、商人から譲り受けたものなのですが、私には生憎、料理の腕がなく……ベアトリーチェ様でしたら美味しい料理にして頂けるのではないかと思いまして……。もし良かったら使ってくださいませんか?」
ベンジャミンからの申し出に、ベアトリーチェはズイッと身を乗り出した。
「いいのですか!?」
(こんなに上質なお肉ならロースカツが作れるわね……)
「えぇ、もちろんです。ですが一つだけお願いがあるのですが……」
ベンジャミンはお肉をチラリと見た。
(そういうことね……)
「もちろんですわ。すぐに作りますから、ベンジャミンも、そこに座って待っていてくださいませ。」
ベアトリーチェはお肉を手に持つと軽い足取りで料理長の元へ向かった。
(お菓子を作ろうと思っていたけど、今日はなしね。カツサンドを追加してボリュームのあるお弁当にしましょ。)
「料理長」
「はい、なんでしょうか。」
料理長の元へ向かうと、調理台の上には揚げあがったばかりの唐揚げが山盛りに置かれている。
ベアトリーチェは一つ手に取ると、口の中に放り込んだ。
ジュワッ
ニンニクの香りと共に、鶏肉の旨味たっぷりの肉汁が口いっぱいに広がる。
思わず頬が緩んだ。
(ん~!おいしい~)
「とても美味しくあがっていますわ。さすが料理長ですわね。」
「ありがとうございます。それで私も食べても……」
「ふふっ……それよりも、このお肉を分厚めに切ってくださいませんか。そうですね……指の関節一つ分くらいでお願いしたいのだけど。」
料理長は怒られた後の犬のような顔をすると、とぼとぼとお肉の方に向かう。
(そんなに食べたかったのね。)
「料理長、唐揚げは後でさらに美味しくしたものを用意いたしますので、それまでお待ちくださいませ。ねっ?そんなにしょげないで……」
「しょげてなんかいません……」
料理長は豚肉をまな板の上に置くと、ロース肉に包丁を当てた。
スッ――
包丁が最後まで綺麗に入った。
(ふふっ……これは最高のお弁当ができそうだわ)
ギルバートのための特製弁当は、着々と完成へ近づいていた。
***
「そういえば、今日だったか……」
いつもより騒がしい朝に、ギルバートは眉をひそめた。
「なんだ?少し楽しみだったか?」
「この顔が楽しみに見えるか?」
ギルバートの返答にハンスは肩を竦めた。
(こんな顔って……笑っているようにも見えるがな……)
ハンスにとってギルバートは弟みたいなものだ。
小さい頃から一緒にいるせいか、ちょっとした違いもすぐに分かる。
「そうだな……それよりも、ベアトリーチェ嬢の両親が来るんだろ?お前、ファルクナー侯爵にはこのこと伝えたのか?」
ギルバートは目を見開いた。
(どうやら……忘れていたようだな……)
「はぁ……そんなことだろうと思ったよ。お前の両親には俺から伝えておくから。お前は今日一日あの子と楽しんでこい。お前一人いればあの子のことは守れるだろ?」
ギルバートとハンスで行く予定だったが、そこまで気にしなくていいだろう。
「すまん……頼む。」
ハンスはギルバートの肩をポンっと叩くと、部屋から退出した。




