どうやら調理法にはまだまだ穴がありそうです。
「では、ここからはスピードを上げていきましょう。」
「「「おう!!」」」
翌日――
日が昇る少し前、厨房には料理人たちが、既にパンを焼いて準備をしていた。
どうやらバターの作り方もリネットを見ていて覚えてくれたのか準備をしておいてくれたらしい。
(今日も朝から裸が見られるなんて……私は幸せの星に生まれたのね。生まれて初めて神様に感謝するわ。)
ベアトリーチェは改めて頭に三角の布をつけると、調理台の端に寄せておいた材料を中央に持ってくる。
「副料理長は卵を殻のまま茹でてください」
「殻のままですか!?」
「えぇ、そうです。そうですね十二分……だと難しいでしょうから十五分でお湯から上げてください。そして水で冷やしていただきたいのです。」
時計があると言ってもキッチンタイマーのような一秒単位で計ってくれるものは存在しない。
こういう時つくづく思い知らされる。
何気なく使っていたものがないだけでどれだけ大変だったのかと……
(恋しいわ……)
「分かりました。」
ベアトリーチェは副料理長が動き出したことを確認すると、料理長の元に向かう。
「料理長にはこれを揚げて欲しいのです。」
「あげる……とはなんでしょうか。」
(そうだったわ……揚げるって使わないのよね……)
焼く、炒める、茹でるが主流の世界。
当然、煮る、蒸す、揚げると言う調理法は存在しない……
(ここにも弊害があるなんて……)
ベアトリーチェは一度目を伏せて小さく息を吐き出した。
「料理長、揚げると言うのは調理法の一つですの。これができるだけで料理の幅が広がるのです。覚えていただけますか?」
「もちろんです!!」
「いいお返事ですわ。では始めていきましょう……あっ、その前に服を着て頂いてもいいかしら?その……」
ベアトリーチェは釘付けになっていた胸板から視線を逸らすと頬を赤らめた。
「す、すみません、お見苦しいものを……すぐに着ます。」
「見苦しくなんてございませんわ。ただあなたの綺麗な筋肉が火傷してしまったらと思うと気が気ではなくて……」
「はっ?」
「ゴホンッ!!」
リネットの咳払いと料理長の声が重なった。
背中にはいつにも増して冷たい空気が流れ込んでくる。
(寒い……)
ベアトリーチェは恐る恐る振り返ると、そこには獲物を見つけた肉食獣のような顔をしたリネットが立っていた。
「あ、あ~っと……え~っと。違う、違うのです。ただ、揚げ物は熱い油が跳ねるから危険ですのよ。本当にそれだけ。それだけなのですわ……。」
「はぁ……」
あまりの怖さに足が竦む。
「そ、それよりも始めましょう。」
ベアトリーチェは震える足を止めると、大きめのフライパン、そしてオリーブオイルを取り出した。
「まずはこのフライパンの中にオリーブオイルを並々と注ぎます。」
トポポポ
「次に、火をかけるのですが……油の温度を調整しないといけませんの。ですから始めは弱めにしてもらってもよろしいでしょうか。」
料理長はベアトリーチェに言われるがまま、フライパンを竈の上に移動した。
「こちらでよろしいですか?」
「えぇ……一つ気になったのですが……これってどうやって温度調節するのでしょうか?」
コンロのように、ツマミのようなものは存在しない。
どう見ても温度調節できるようには見えなかった。
すると、料理長が「ハハッ……」と小さい声で笑った。
「ベアトリーチェ様も知らないことがおありなのですね。」
今までのとは違う落ち着いた笑い声に、思わず胸が高鳴る。
(これは……いくらでもつぎ込めちゃうわ……)
「こちらは竈ごとに温度調節できるようになっています。左から弱、中、強ですね。温度調節する時は鍋ごと竈を移動するんです。」
料理長はグッと手に力を込めて、フライパンを持ち上げると左から中央の竈へ移動した。
「このようにして……」
腕からチラリとのぞく筋肉が、はちきれんばかりに膨張している。
(まぁ、素敵だわ!!)
「(素敵な筋肉を見せてくださって)ありがとうございます。ですが……わたくしにはお鍋を移動するのは難しそうですわね……」
ベアトリーチェは頬に手を当てて眉を下げると、チラリと料理長を見た。
「そうですね。もし竈を使いたいということであれば手伝いますのでいつでも仰ってください。」
「まぁ、それはそれは助かりますわ!」
料理長の言葉に微笑むと、料理長はスッと視線を逸らした。
心なしか頬が赤くなっている。
(熱いところにいるからかしら……)
「そ、それより、先に進めましょう。今は弱の竈でよろしいですか?」
「ええ、弱の竈でお願いいたします。」
料理長は一度顔を横に振ると、フライパンを弱の竈へと移動した。
「ここからですが、この秘伝のタレで漬けてあるお肉を揚げていこうと思います。まずはこうやって……」
ベアトリーチェは油が温まったのを確認すると、小麦粉をパラパラっと油の中に落とす。
パチパチ
「中央くらいまで沈んで戻ってきたらいい頃合いですの。」
「ほぉ~。では今がいい温度ということですね。」
さすが料理長。
(飲み込みが早くて助かるわ。)
ベアトリーチェはこくりとうなずくと、お肉に小麦粉をまぶしてフライパンの中へ投入した。
ジュワッ
お肉とニンニクの香りが厨房中に広がっていく。
(ふふっいい香りね……ニンニク入れたのは正解だったわ。)
「このようにして油の中に入れていってくださいませ。ただ、入れすぎると温度が低くなってしまうので……五、六個ずつでお願いいたします。」
「分かりました。」
それからしばらくすると、気泡が少しずつ小さくなり、数も減ってきた。
「このくらいですね……お肉の周りに出てくる泡が減ってきたら油から取り出してくださいませ。」
料理長はこくりとうなずくと、一つ一つ綺麗に上げていく。
そしてどんどんお肉を油の中へと入れていった。
「こういう、スプーンとフォークが合わさったものがあると取りやすいですな。」
(トングだわ!!)
「料理長、その話はまた後でしましょう。それより今は唐揚げをお願いしてもよろしいでしょうか?わたくしは別のところに用事がありますので……」
副料理長の方を見れば卵がゆで上がったのか、一つ一つお鍋の中から取り出しているのが見えた。
料理長もそれに気づいたのか「行ってください」とだけ言うとそのまま唐揚げ作りに戻って行った。




