公爵令嬢は箱推しになりそうです。
(やってしまったわ……)
カップを拾い終えて厨房へと戻ると、そこには異様な光景が広がっていた。
「うぉーー!!」
「混ぜろ、混ぜろー!!」
「ボタっとなるまでー!!」
「混ぜろ、混ぜろー!!」
「うぉーー!!」
幾人もの男たちが、同じリズムでフォークを回している。
しかも何本かまとめたフォークをだ。
(あれは……)
「……泡立て器……!?」
ベアトリーチェは持っていたお盆を調理台の上に置くと、料理長のそばに近づいた。
「料理長、このフォークは?」
料理長はキラリと汗を飛び散らせながら振り向いた。
「あっ……ベアトリーチェ様!お帰りなさいませ。こちらはですね。フォーク一本ではなかなか混ぜることができなかったので、それならまとめてみたらどうかという話になりまして……」
この世界は調理器具も不足している。
フライ返しはあるけど泡立て器はないし。
木べらはあるけどトングはない。
それにお鍋だって、大きな寸胴鍋はあるけど片手で使えるちょうどいいサイズの鍋はない。
「ただいま戻りました……って、これはすごい発明ではないですか……」
「発明!?」
ベアトリーチェは料理長からフォークの塊を奪うと、ぐるりと回した。
「えぇ、これはすごいわ。泡立て器というのよ。」
鼻をふんふんと鳴らしながら料理長に近づくと、料理長はベアトリーチェから視線を逸らした。
「ち、近いです……」
「あ……とごめんなさい。つい、興奮してしまいましたわ。コレは売れるわね……フォークをくっつければ即席の泡立て器になるなんて……なんで今まで気づかなかったのかしら。」
ベアトリーチェはフォークを器から持ち上げると、先端に付いている淡い黄金色のとろりとした物に目を奪われた。
「こ、これは……マヨネーズ……だわ。」
「まよねーず?」
「えぇ。この黄金色に輝く物をマヨネーズというのです。料理長、よくやってくださいました。わたくしは……これをずっと待っていたのです。」
ベアトリーチェの瞳には涙が浮かんでいる。
この世界の調味料と言えば、塩を中心とした味付けがほとんど。
生の野菜は塩で食べるか……
ギトギト油のなんとも言えないドレッシングで食べるか。
肉の味付けはもちろん塩のみ。
胡椒もあるにはあるが、高価すぎて使う人は限られている。
決してまずいわけではないが……
毎日食べていれば飽きてしまう。
(これで……食事のレパートリーが増えるわね。)
ベアトリーチェは目に溜まった涙を拭うと、料理人たちへ視線をむけた。
その時――
厨房とは思えない光景がそこには広がっていた。
「……えっと……?」
(夢でも見てるのかしら?)
ベアトリーチェは目を擦るともう一度、周囲を見渡す。
「ここは厨房……よね?」
「「「はい!!!」」」
火は使っていないはずなのに、厨房は湯気がでていた。
よく見れば男たちは上半身に調理着を着ていない。
鍛え抜かれた体には、汗がキラキラと輝いている。
たった数刻の間に何があったというのか。
(眼福だけど……)
「ベアトリーチェ様がボタッとするまで混ぜると仰ったので……私共はそれに従ったまでですよ。それより見てください!」
「俺たちの努力の結晶を!!」
上半身裸の男たちは、ベアトリーチェに近づくと胸を張った。
彼らの手にある器には黄金色に輝くマヨネーズがたっぷり入っている。
「そ、そう……ですわね。鍛え抜かれた体。惚れ惚れしてしまいますわ。」
じゅるり
(いけない……ヨダレが……)
ベアトリーチェの視線はマヨネーズではなく、料理人たちへ向いている。
(ヤバいわ。さすが鍛え抜かれた体ね。筋肉が素敵すぎる。ギルバートとハンスも素敵だけど……こんなに素敵な殿方がいるなんて……私、こんな幸せになってしまっていいのかしら……)
ベアトリーチェは恍惚とした表情で一人一人の肉体美を眺めた。
(あぁ、このままだと箱推しになってしまいそうだわぁぁぁ!あの二人なんだか距離が近いわ。あっちの二人、いえ三人も……もしかして三角関係!?あぁ、どうしましょう……)
ベアトリーチェが脳内で一人妄想を繰り広げていると――
「ベアトリーチェお嬢様。」
いつもよりも数段低い声が、脳内を駆け巡った。
「リ、リネット……?これは違うの。その……」
「その……?なんでしょうか……?」
リネットの目が据わり、温度も消えている。
(やばい……。すごい怒ってるわ……)
「あ、っと……えーっと……そう。」
ベアトリーチェはリネットから少し視線をずらすと、ちらちら見える料理人の体に目がいってしまった。
「はぁ~……眼福だわ……」
「お嬢様?」
「あっ、えっと。そう、このマヨネーズがね……眼福ってことなのよ。」
「マヨネーズが眼福……ですか?」
ベアトリーチェは勢いよく何度も首を縦に振った。
「そうですか……」
リネットは深くため息を吐くと、先ほど立っていた位置まで戻った。
(な、なんとか誤魔化せたみたいね。)
「さっ、それよりもせっかく皆さんが頑張ってくださったんですもの。このマヨネーズを味見してみましょう?」
ベアトリーチェは器をひとつ受け取ると、フォークでマヨネーズを掬った。
とろり
手の上に落とすとそのまま舐める。
リネットが「はしたない!」と言っている気がしたが、今はそれどころではなかった。
「ふふっ……美味しい……」
料理長たちもベアトリーチェの真似をして一口舐めた。
「な、なんだこれは……」
「酸っぱい……けど酸っぱすぎない。なんて言ったらいいんだ。」
「あぁ、美味しい。このドロっとした感じがまたいいな。」
「舐めだしたら止まらないぞ……」
「俺、これ好きだ。」
料理人たちが次々とマヨネーズを口に運んでいく姿を見てベアトリーチェはニヤリと笑った。
「ふふっ……」
「どうしたんですか?」
それに気づいた料理長が不思議そうにベアトリーチェを見る。
「ふふっ……皆さん、これが完成形だと思っているようですが……もっと美味しいもの食べてみたくはございませんか?」
ベアトリーチェはしたり顔で料理人たちを見ると、彼らは返事をするようにゴクリと喉の奥を鳴らした。
「これからサンドイッチを作りたいと思いますの。手伝ってくださるかしら?」
「サンドイッチ……?」
「えぇ、マヨネーズをもっと美味しく食べるための料理ですわ。」
「もっと……美味しく食べる……」
誰かの声が厨房に響いた。
「そうですわ。この続きは明日行いますから……皆さん早めに集まっていただいてもいいでしょうか?出来れば日が昇る前にお願いいたしますね。」
ベアトリーチェはそれだけ言うと厨房をあとにした。
厨房からは「え~、今食べれないの!?」という声が聞こえたが……
ベアトリーチェには届いていなかった。
「ふふっ、今日はいい物がたくさん見れてよかったわ。」




