珍獣はカップもまともに運べないらしい。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
ギルバートとハンスが大きな音のする方へ視線を向けると、そこにはベアトリーチェとリネットが立っていた。
ベアトリーチェの足元には無残にも割れたティーカップとお盆が転がっている。
(なんで顔を手で覆っているんだ……)
ベアトリーチェの行動の意味が理解できずにいると、リネットが、ベアトリーチェの耳元で声をかけた。
「お嬢様。お二人がこちらを見ております。」
しかし、その言葉が聞こえていないのか……
「きゃー……なんてこと。二人の邪魔しちゃったわ。「やっと二人きりになれたね」「なんて幸せなんだ……ハニー」「これからの時間を二人で楽しもう」とか言ってたし……」
「い、いや……ちょっと待ってくれ。」
「私完璧に邪魔者じゃない。それよりも二人の姿が見れるなんて。きゃー。なんて幸せなのかしら。尊い……尊すぎるわ。」
ギルバートとハンスの真似をしながら一人芝居をするベアトリーチェをみて、ギルバートは何も言うことができずにいた。
と、言うよりも……
早口過ぎて話の隙を与えられなかったのだ。
「おい……聞いてくれ……」
ギルバートも負けじと何度も声をかける。
しかしいくら話しかけても反応はなかった。
(……またなのか……)
リネットをみても首を横に振るだけで何も答えようとはしない。
それどころか、冷めた目でこちらを見てくる。
ギルバートは大きく息をすると、ベアトリーチェの腕を掴んで耳もとで叫んだ。
「ベル!!」
「ひぃ~」
ベアトリーチェは大きな声に驚いたのか、耳を手で覆うと、涙目になりながら頬をふくらませた。
「ちょっとベルって誰よ。もしかして愛人?もし二人の間を邪魔するならただじゃおかないわよ……」
ギルバートは言葉を失った。
(自分のことを愛人だと思っているのか……?)
「いや……ちょっと待て……」
ギルバートは額に手を当てて、目の前の女が何を言っているのか考えようとしていると、ズイッと襟を掴まれた。
「おま、近い……」
「何よ!?私にもハンスにも言えないことなわけ!?」
(……酔ってるのか……?)
頬は少し赤い気もするが……
酒臭さは全くない。
むしろ、甘い香りが漂っているほどだ。
「ベルというのはお前のことだ。ベアトリーチェ。お前がベルと呼べと言ったんだろ?」
「……へ?」
今度はベアトリーチェがギルバートの言葉を理解できていないのか……
首をかしげた。
「いや、だからベルはお前のことだ。お前はなんだ?自分のことを愛人とでも思っているのか?」
これまで婚約者を募集したことはあるが、愛人など一度だって募集したことはない。
(物好きなやつが愛人にしろと騒いだことはあったが……)
ベアトリーチェは、口をもごもごさせると、やっと全てを理解できたのか、リンゴのように顔を真っ赤にして俯いた。
厨房の笑い声がやけに大きく感じる。
「私ったら……またいつもの癖が出てしまったわ……」
(いつもの癖……自覚はあるってことか……?)
ベアトリーチェはギルバートにしか聞こえないくらいの声でボソリと呟くと、咳払いをした。
「申し訳ございません。ギルバート様……お見苦しい姿を見せてしまいましたわ。」
「い、いや……」
「ベル……そうですわよね。わたくしもベルと呼ばれているのを忘れておりました。」
「それならいいんだが……」
「はっ……もしご心配されているようでしたら安心してくださいませ。わたくしは(お二人の愛を見届けるために)婚約者になるのであって、愛人になるつもりは毛頭ございませんわ。それより……」
ベアトリーチェは体を屈めると床に散らばったカップの破片を拾い始めた。
「綺麗なカップでしたのに……割ってしまいましたわ……」
カチャ、カチャ
ベアトリーチェが破片を拾う姿を見て、リネットは彼女の肩にそっと手を置いた。
だが、視線はギルバートを見据えている。
(な、なんだ……?)
リネットを怒らせたつもりはないし、記憶もない……
しかし、リネットの視線は口以上に語っていた。
ハンスへ視線を送ると、ハンスはスっと視線を逸らした。
(……まさか、俺がなにかしたのか……!?)
この場で理解していないのはギルバートだけだった。
***
「お嬢様。危ないですから……それは私が行います。」
「いいの。わたくしが落としてしまったのだもの。わたくしに拾わせてちょうだい。」
(どうやら、相当落ち込んでいるようね……)
割れたカップには鷹とリンドウの絵が描かれ、飲み口は金の縁で囲まれている。
そのデザインを見れば高価なものであることは一目瞭然だ。
「ハンス様。こちらを……」
リネットはハンスに近寄り、プリンの乗ったお盆を渡した。
「……これは?」
「プリンと言うらしいです。とても柔らかくて、きっとハンス様たちも気に入ると思います。」
「私はこれからあちらを手伝わなければなりません。」
リネットはベアトリーチェの方へ視線を移すと、ハンスへ視線を戻して微笑んだ。
「お二人で仲良く召し上がってくださいませ」
「あ、あぁ……ありがとう。」
ハンスの反応を見たあとリネットはそっと、ベアトリーチェの隣に腰を下ろした。
そして、破片に手を伸ばそうとしたその時――
隣からブツブツと呪文のような言葉を吐いているのが聞こえてきた。
「あ~……このカップで二人が笑いあってる姿を見るのを楽しみにしていたのに……なんて残念なの。」
(……どうやら落ち込んでいたわけではないようね……)
リネットは静かに目を閉じた。
いつからだろう。
ベアトリーチェが衆道を好むようになったのは……
(アルキューネ城にいる時はそんなこと無かった……いや、あったわね……)
たまに会うだけのレヴィール殿下。
そしてその側近たちを見てはバレないよう頬を緩めていたことを思い出す。
あの時は相手が王族だから微笑んでいるだけなのかと思っていた。
(あの時の笑みは……きっと違う意味だったのね……)
「お嬢様?」
(そのカップそんなに気に入っていたのね。)
「鷹はギルバート様、リンドウはハンスみたいでぴったりだったのよね。寄り添っている姿が……本当に綺麗だったのに……」
どうやら、リネットの言葉はベアトリーチェには届いていないらしい……
(いつもと同じね……)
ベアトリーチェは一人の世界に没頭するとなかなか戻って来ない。
肩を揺さぶったり、大声で叫んでみたりしても……
全く聞こえていないのだ。
(放っておきましょ……)
これ以上話しかけても無駄だと思ったリネットは、何も言うことなく、カップの破片を拾うのだった。
「こ、これはうまいな……甘いと苦いがちょうどいい。」
「プリンというらしいですよ。ベアトリーチェ様が作ったそうです。」
「なんだって!?……あの珍獣が……?」
「そうです……どうやら厨房の騒ぎもこれが原因なのかもしれませんね。」
ギルバートたちは、ベアトリーチェたちが破片を拾っていることなど気にもとめず、リネットから渡されたプリンを食べ続けるのだった。




