ベアトリーチェの母。
「アリステアよ。お前が参加しないから大変な目にあったではないか。」
セイレート城、応接室――
「すみません。義父上。何せ色々あったあとでバタバタしておりまして……」
「それは知っておる。フェレシアもプンスカ怒っておったわ。」
そこにはアリステアの他に、ベアトリーチェの母ベアトリクスと、ベアトリーチェの祖父ルイス・アイトスが集まっていた。
「して……ベルの様子はどうじゃ?落ち込んではおらんか……?」
ルイスは眉を寄せて二人のことを見た。
(ベアトリーチェのことが心配なんだろうが……)
しかし、ルイスの表情とは裏腹にベアトリクスはクスクスと笑っている。
「お父様。ベルのことでしたら心配いりませんわ。」
「お前は心配ではないのか?」
「心配も何も……わたくしの娘ですもの。あの子の事は一番わかっているつもりですわ。」
ベアトリクスは扇子を口元で広げると、目尻を下げて微笑んだ。
「そ、そう、なのか?」
ルイスは信じられないとでも言うような顔で、アリステアを見る。
(言いたいことは……わかる……)
だが、アリステアもベアトリクス同様、ベアトリーチェのことをよく理解していた。
「そうですね……昔のベアにそっくりですから……」
(あなたもそっくりですけどね……)
ベアトリクスと婚約したのは、アリステアが十歳のときだった。
ベアトリクスは当時八歳。
言ってしまえば、ディオンとベアトリーチェが婚約した時と同じ年齢である。
アリステアが初めてベアトリクスと顔を合わせたとき――
ベアトリクスはまさかの木の上から現れた。
(今でも忘れられないな……)
『あら、ごめんなさい。誰かいるとは思っていなかったのです……』
拙いながらも敬語で話すベアトリクス。
『何をしているんだ?』
手には子猫を抱えていた。
『この子が、登って降りられなくなってしまっていたのですわ。だからわたくしが、木に登って助けてあげていたのです。』
『そうか……ドレスが汚れてしまっているぞ……』
木から飛び降りたベアトリクスは猫を抱えていない方の手でスカートを叩くと、何事も無かったかのように微笑んだ。
『このくらい叩いておけば何とかなりますわ。それに丈も短くなっていましたし……そろそろ縫い直そうと思っていたのです。』
ベアトリクスは猫に怪我がないことを確認すると、手から離し、そのままゆっくり立ち上がった。
『それで……どちら様ですか?』
後々知ったが、ベアトリクスは何も聞かされることなく、セイレート公爵家に足を運んだらしい。
(あの時のベアは可愛かった……)
白銀の髪に二重の目。
そして、ぷくっとした厚みのある唇。
(見た目だけは人形のようだった……)
『私は、アリステア・セイレートだ。』
『まぁ、そうでしたの。』
『……驚かないのか?』
突然この家の子供が出てきたら、普通驚くものだろう。
貴族の令嬢だったら何かしら察するはずだが――
ベアトリクスから返ってきたのは衝撃の一言だった。
『驚くって……何がでしょう?』
ベアトリクスはキョトンとした表情でアリステアを見ると、はっと何かを思い出した表情を浮かべる。
『あっ、もしかして、わたくしがあなたのことに興味があると思ったのですか?』
『公爵家なんて……肩書きばかり欲しがる方多いですものね。』
『でも、安心してくださいませ。わたくしが興味があるのはお菓子だけですから。』
ベアトリクスは腰に手を当てると、胸を張って高らかに言い放った。
まるで、その言葉を疑ってすらいないような、子供らしい純粋無垢な目をしている。
『お菓子……?』
『えぇ。お父様にお菓子がたくさん食べられると教えていただいたのですわ。』
『もしかして……そのためだけにきたのか……?』
アリステアが恐る恐る尋ねると、ベアトリクスは不思議そうに首を傾げた。
『えっ……と……それ以外に何がありますの……?』
その間もベアトリクスは変わらない。
ドレスには点々と汚れがあり、頭には木に登った時に付けたのか葉がついている。
(本当にこいつが相手なのか……?)
アリステアは目の前の少女をじっと見つめると、少し居心地が悪かったのか後ずさった。
『な、なんですの……?』
『婚約の話は聞いていないのか……?』
『こんにゃく……ですか?確かに我が家の領地のお芋からこんにゃくは作れますが……そんなマイナーなお芋。よくご存知ですわね?』
ベアトリクスは感心したように目を瞬かせた。
あの時から、ベアトリクスも話が逸れることがある。
いや、逸れると言うよりも……全く違う話に変換されてしまうのだ。
(コンニャクと婚約を間違えるとはな……)
『違う、婚約だ!こ・ん・や・く!!』
アリステアは彼女がわかるように一文字ずつ区切って話すと、ベアトリクスはポンっと軽く手を叩いた。
『まぁ!こんにゃくではなくて、婚約でしたのね!?それはおめでとうございます。どちらの方と婚約されたのですか?』
『お前だ!』
『お前様ですか?また変わったお名前ですこと。もう少しいいお名前は無かったのでしょうか。』
アリステアはこめかみを押さえるとグリグリと揉みこんだ。
噛み合わない言葉に頭が痛くなってきていた。
アリステアは一度目を閉じて深呼吸をすると、ベアトリクスにずいっと近づいた。
そして、彼女を指さす。
『違う!!お前だお前。ベアトリクス・アイトスだ。』
『まぁ、人に指をさしてはいけないのですわ。』
『そこじゃない!!』
二人の言い合いは、父たちが迎えに来るまで続いた。
(懐かしいな……)
アリステアが昔のことを思い出していると、ベアトリクスが太腿をポンポンっと叩く。
「アリス。一人で何をニヤニヤとしているのです?いい歳したおじ様が、気持ち悪いですわよ?」
「す、すまない……つい昔の事を思い出してな。」
「まぁ、そんなことよりもお父様から大事なお話があるそうですわ。」
(そんなことって……)
アリステアは小さく肩を落とすと、ルイスへ視線を戻した。
「それで義父上。大事な話とは?」
その言葉にルイスは真剣な表情を浮かべた。
「二週間後にとある催し物を執り行う事となった。」
「催し物!?」
ベアトリクスの父親であり、ベアトリーチェの祖父である、ルイスはニヤリと笑うと……わざとらしく小さく息を吐いた。
「そうだ。二週間後にお茶会を開催する。」
「はぁ?」
アリステアの叫びに近い驚きの声が、セイレート城に響き渡った。
もちろん、その横でベアトリクスは呑気にお茶を飲んでいたのだが……それは別の話である。




