私の時間を止めるのですから、有用性のある話を所望します。
「ゆ、有用性だと!?」
「えぇ、王妃様主催のお茶会で、わざわざ話す内容なのでしょ?」
(……相当怒ってるわね……)
いつもより低い声。
それに、ツリ目がちな目が更につり上がっている。
(あぁなってしまうと……一人で止めるのは大変だわ……)
フェレシアは助けを求めるように周囲を見渡した。
(お母様と……ベアトリクス様は……)
そして、ある一点を見て、小さく息を吐く。
(ダメね……話し込んでるわ……)
ベアトリーチェたちを囲むように、たくさんの令嬢や貴婦人が集まっている中――
フェレシアの母アリシアと、ベアトリーチェの母ベアトリクスは、少女のような笑みを浮かべながら楽しそうに会話している。
(本当仲良いわよね……)
この騒ぎにも気づいているのだろうか。
(あれは……気づいていないわね)
もし気づいていたとしたら、面白半分で近づいてくるはずだ。
特に、騒ぎの中心がベアトリーチェなら尚更……
フェレシアは過去に何度か巻き込まれた騒動を思い出し、こめかみを抑えた。
「もっと早く帰っておけばよかったわ……」
フェレシアの声は、誰かに届くことなくそのまま風に乗って消えた。
***
「……」
ベアトリーチェは目を閉じて、ディオンの次の言葉を待つ。
だが、ディオンはなかなか話そうとしない。
「もっと早く帰っておけばよかったわ……」
背中から、フェレシアの本音が風に乗って聞こえてくる。
(……それは……私のセリフよ)
気まずい沈黙が流れる。
ディオンは格好よく決めたかったのだろうが、肝心の続きが出てこない。
なかなか話が進まないことに、しびれを切らしたベアトリーチェは、パチンと扇子を閉じる。
「話すことがないなら帰りますけど?」
そして、踵を返して出口に向かおうと一歩踏み出した瞬間――
「待て!!お前がリーチェを虐めていたことは知っているんだぞ。クッキーに毒を入れたそうじゃないか。」
「それだけじゃない。リーチェを家に閉じ込め、本人に成りすまして王城に出入りしていたそうだな。」
「……」
何を言っているんだ……この人は……
そんなことをして誰の得になるというのか。
王妃教育なんて……
(やりたくもないことやらされていたのに……)
「ふん。何も言い返せないようだな?」
(言い返すも何も……)
「ベアトリーチェはわたくしなのですけど……」
八年も婚約者をしていて自分の婚約者の顔すら覚えていないのか……
「う、嘘をつけ!!お前がヴィクトリーチェなんだろ?これを見てみろ。すでに調べはついているんだ!」
ディオンの横に控えていた側近の一人が、一枚の紙を差し出した。
ベアトリーチェは受け取った紙へ視線を落とす。
すると、気になったのかフェレシアも横からそっと覗き込んできた。
―――――――――――
調査報告書
対象者:
ヴィクトリーチェ・ククルス
調査内容:
ベアトリーチェ・セイレート本人である可能性について
調査結果:
対象者の血液を王城専属魔術師により鑑定した結果、セイレート公爵家との血縁反応を確認。
また、本人が所有する装飾品および身体的特徴も、ベアトリーチェ・セイレートの記録と複数一致した。
以上の結果により、対象者をベアトリーチェ・セイレート本人であると判断する。
リグリス・メディオス
――――――――――
メディオスと言えば、王家の影と言われている家だ。
こんな穴だらけの報告書を作るために、わざわざ王家の影を使うとは……
(どこまでもバカなのね……)
そもそも、ヴィクトリーチェと血縁関係があるのは当たり前だ。
(従姉妹同士なんだから……)
フェレシアはチラリとこちらを見る。
その瞳は呆れを通り越して、何も映していなかった。
(はいはい、早く片付けろってことね……)
ベアトリーチェは、報告書をぐしゃぐしゃと丸め、ぽいっと投げ捨てる。
「そ、そんなことをしても無駄だからな!!もう調べがついているんだぞ!!」
「ディオン第二王子殿下。」
静かで重苦しい一言が、場内に響き渡った。
「な、なんだ……」
ディオンの額から汗が流れ、喉がゴクリと動いたのが見える。
「血縁関係……でしたっけ?あるのは当たり前じゃないですか。なんなら、フェレシアも血縁関係がありますよ。もちろんわたくしも……ですが……」
「「「……」」」
ディオンたちは、ベアトリーチェから視線を逸らすと、今度はフェレシアを見た。
フェレシアは小さく肩を竦めると、こくりと頷く。
刹那、ざわついていた庭園が、水を打ったように静かになった。
ベアトリーチェとフェレシア――
そして、ヴィクトリーチェは、母方の血を通じた従姉妹同士である。
つまり、血縁関係が出るのは当然だった。
先ほどまで成り行きを見守っていた令嬢たちは、ベアトリーチェの発言とフェレシアの反応を見ると、少しずつその場を離れていく。
しかし――
「ど、どういうことだ!」
ディオンの言葉がこの場を支配した。
離れていった令嬢たちが、同じタイミングで振り返る。
「ディオン第二王子って……」
「もっと頭の良い方かと思っていたのだけど……」
令嬢たちは顔を見合わせる。
そして――
「「「……バカだったのね……」」」
言いたいことだけ言って満足したのか、令嬢たちはその場を後にした。
「ど、どういうことだ……」
だが、突然軽蔑混じりの声を投げかけられたディオンたちは、何一つ気づかない。
それどころか顔を真っ赤にして、ベアトリーチェを睨みつける。
(まるで……お猿さんみたいね。それだとお猿さんに失礼だわ……)
「な、なぜ、私がバカにされなければならない……本来であればお前がこうなるはずだろうが!!」
「と……言われましても……それより話を進めてくださらないですか?何を言いたいのでしょうか。」
なかなか話が進まないことに嫌気が差したベアトリーチェは、目を細めて首を傾げると、にこりと微笑んだ。
「うっ……」
完璧なまでの笑顔に、ディオンは後ずさった。
「と、とにかくだ……お前は金輪際、私の前に顔を出すことを禁じる!!私の婚約者は……」
ディオンは隣に寄りかかるヴィクトリーチェをグイッと引き寄せると、
「このリーチェだけだからな!!」
まるで勝利宣言のように、ディオンは胸を張った。




