お話よりも紅茶の方が大事です。
「それで? 巨大な敵は倒せたの?」
王妃の挨拶も終わり、少しずつ貴婦人たちが会場を去っていく中――
ベアトリーチェとヴィクトリーチェ、そしてフェレシアは口直しも兼ねて紅茶を飲んでいた。
(やっぱり最後はアールグレイね……)
甘ったるくなった口の中を、爽やかな香りがすっと流れていく。
ティータイムの余韻を楽しんでいると、二人の声が重なった。
「「巨大な敵……?」」
(……さっきそんな話してた気がしたんだけど、聞き間違い?)
二人の問いかけに、ベアトリーチェは首を傾げる。
「えっ、違うの?」
ヴィクトリーチェは昔からお茶会や夜会に顔を出そうとしない。
(私がいると絶対来ないくせに……)
だからこそ、王妃主催のお茶会にヴィクトリーチェが来たことに驚いた。
「用事があったって言っていたから、お茶会はついでなのかなと思って……」
「確かについでではあったけど……」
ヴィクトリーチェは紅茶を一気に飲み干すと、カップを勢いよくソーサーへ叩きつけた。
(えっ、なんか怒らせるようなこと言った!?)
その音に談話中だった人たちもこちらを振り向く。
「そ、そうよね……巨大な敵……なんて、いるわけないわよね……」
ヴィクトリーチェの反応を見て、ベアトリーチェは引きつった笑みを浮かべた。
そして、残っていた紅茶を飲み干すと、誤魔化すように視線を逸らす。
(危ない、危ない……)
ベアトリーチェには誰にも言えない秘密がある。
(悪役令嬢とか魔王とか……そういう系の話かなって勘違いしてたわ。)
乙女ゲームにRPG。小説や漫画……
(まぁ、前世のヲタク知識と現実が混同するなんて、今に始まったことじゃないんだけど……)
「……ル!!」
「……ベル!!」
「ちょっと!ベル!!きいているの!?」
そんなことを考えていれば、肩をガクガク揺さぶられた。
「えっ……?フェレシア……?私また……」
「えぇ、また意識がどこか行ってたわよ……」
フェレシアはベアトリーチェの肩からそっと手を離すと、視線を右上にずらした。
どうやら右上を見ろということらしい……
ベアトリーチェもそちらへ視線を向ける。
そこには――
「久しいな。ベアトリーチェ……いや、ヴィクトリーチェだったか。」
ベアトリーチェの婚約者である、ディオン・アルキューネ第二王子殿下が立っていた。
「ディオン第二王子がなぜここに……?」
(それに、ヴィクトリーチェって……)
ヴィクトリーチェを見ると、彼女はこの時を待っていたかのような笑顔でバッと立ち上がると、ディオンに抱きついた。
「ディー!!」
「リーチェ!!」
恋人同士のような甘ったるい雰囲気。
(……これならショートケーキをホールで食べた方が全然いいわ。)
飲みきったカップの取っ手に力を込める。
「ふふっ……やっと気づいたのね!!」
(紅茶を残しておけばよかったわ……)
「そうね……」
どうやらヴィクトリーチェも同じことを思っていたようだ。
ベアトリーチェはスっとその場に立ち上がると、片手を挙げた。
「な、なに!?」
ヴィクトリーチェは、目をぎゅっと瞑るとディオンにしがみついた。
「また私に……暴力を……」
令嬢たちは息を呑み、視線が一斉にベアトリーチェへ集まった。
「紅茶のおかわりをいただけますか?」
「「「……」」」
「えっ……?紅茶!?」
場内にいた誰かが、声を漏らす。
ベアトリーチェはその言葉に、一瞬目を見開いてからゆっくり目を細め、微笑んだ。
「お茶会ですもの。紅茶のおかわりは普通ではなくて?」
誰も言葉を返せない。
その間もベアトリーチェの所に現れた侍女がなみなみと紅茶を注いでいく。
「わたくしもおかわりいただけるかしら。」
フェレシアもディオンたちの登場に興味がないのか、スッとカップを前に押し出した。
そんな二人のやり取りを見て、ディオンは眉間に皺を刻んだ。
ディオンは拳を振り上げ、そのまま勢いよくテーブルへ叩きつけた。
ドンッ
「お前たち……目の前に第二王子である私がいるというのにいい度胸ではないか。」
ベアトリーチェと、フェレシアはテーブルの上からカップを持ち上げた。
(危なぁ~!!)
もう少し遅ければ、熱い紅茶を頭から被っていたところだ。
「……と、言われましても……ここはお茶会であって争いの場ではないですし。」
ベアトリーチェは頬を手で押さえるとこてんと首を傾け、眉を下げた。
「そうね。もし誰かが怪我でもしたら……」
逆に、フェレシアは煽るように目を細める。
「貴方の大好きなお母様の面目丸潰れではなくて……?」
「フェレシア。貴様まで私を侮辱する気か!?」
ディオンの白い顔がどんどん赤く染まっていく。
だが、二人は興味が無いのか、そのまま紅茶を飲み続けた。
「侮辱も何も……本当のことを言ったまででしてよ?ねぇ、ベアトリーチェ。」
「そうね、フェレシア。」
まるで双子のようなやり取りに、周りにいた令嬢たちはただ見ることしか出来なかった。
「それで……わたくしに用事があったのですよね?一体どんな用事かしら?」
「お、おまえ……そんな態度とってられるのも今のうちだぞ!!」
「……なるほど……用件はないということですね。では、わたくしたちは帰らせていただきます。」
「あ、おい……!!」
二人は音を立てずにすっと立ち上がると、カーテシーをした。
足、頭、腕……全ての角度が人形のように揃う。
「「それでは……ごきげんよう。」」
二人は踵を返して庭園の外へと向かう。
その間も、二人の歩幅がズレることはない。
「話はまだ終わってないぞ!!」
後ろからディオンの怒鳴り声が聞こえるが、二人は気にもとめず歩き続けた。
「ヴィクトリーチェ!!」
(私、ベアトリーチェだけど……)
名前すら覚えていないのか……この婚約者は……
自分の婚約者にため息を吐くベアトリーチェ。
それを見ていたフェレシアはクスッと笑った。
「あんなのが婚約者なんて……大変ね。」
「本当よ……誰か変わって欲しいくらいだわ……」
誰にも聞こえないように話していると、
ヒュン――
二人の間を切り裂くように剣が飛んできた。
「「は……?」」
ベアトリーチェたちの重く低い声がのしかかる。
「ふん……やっと止まったな。」
「お前がずっとベアトリーチェに成り代わっていたのは知っているんだぞ!!」
「……」
まさかの内容に開いた口が塞がらない。
(本人が本人に成り代わるって、どういうことよ……)
「ふん……何も言い返せないところを見るとどうやら本当らしいな。」
ディオンの方へ振り返ると、自分の髪をさわりながら、勝ち誇った笑みを浮かべている。
(その髪型……強風にでもあったのかしら。)
右から左に流れるような髪型。
「リーチェが本当のことを話してくれた。ずっとお前に脅されていたとな……」
(脅す……?あんなの脅してなんの意味があると思ってるのかしら……)
「ディー……」
ディオンの腕の中で肩を震わせる女を見る。
だが――その女の目から涙は出ていなかった。
「大丈夫だ。私が守ってやる。」
(……気づいているのかしら……)
(あれは……気づいていないわね……)
ベアトリーチェは、小さくため息を吐くと、歩いた道を戻る。
そして、二人の前で立ち止まると、扇子を口元で広げて微笑む。
「せっかくのお茶会ですもの。有用性のあるお話を期待しますわよ?」
「綺麗……」
ベアトリーチェの隙のない所作に、周囲にいた令嬢たちは思わず息を呑んだ。




