お茶会なんだから、噂よりケーキが優先でしょ?
「今日はなんだか居心地が悪いわね。」
王妃主催のお茶会――
庭園には春を彩る花々が咲き誇り、風に揺られて優雅に舞っている。
その後ろには、今か今かと食べられるのを待っているお茶菓子たちが並んでいる。
(早く、食べてあげないとかわいそうね……)
だが、そんな心地いい時間を満喫する気は無いのか、近くにいた令嬢たちはこちらを見ながらコソコソと耳打ちをしていた。
「顔は綺麗だけど、本当それだけよね……」
「そういえばディオン第二王子殿下とも上手くいってないらしいわよ。」
「それ、私も聞いたわ!ディオン殿下は、他の女性にお熱なんですってぇ~」
「それでも婚約者でいられるんだから、不思議よね」
「本当よ。世の中って不公平だわ」
わざと聞こえるように話してくるのだから、たちが悪い。
(……気にするだけ損ね……)
ベアトリーチェは周りから見えないように息を吐き出すと、テーブルの上に置かれている宝物に視線を向ける。
「せっかくのお茶会なんだから、噂に踊らされないでケーキに踊らされなさいよね。」
ベアトリーチェがディオン第二王子殿下の婚約者となって八年。
未だに諦めることを知らない令嬢たちは、ベアトリーチェの座をハイエナのように狙っていた。
ベアトリーチェは近くにあったケーキをお皿にのせると、生クリームが溶けにくそうな日陰へ腰を下ろした。
「ふふっ……やっぱり外で食べるケーキは最高よね。これで、サンドイッチとかもあったらもっといいんだけど……あっ、今度頼んでみようかな……」
イチゴの乗ったショートケーキ。
朝採れの苺は宝石のように輝き、純白な生クリームを纏っている。
そんなケーキを目の高さまで持ち上げると、ベアトリーチェは頬を赤らめた。
「綺麗だわぁ~……いつ見てもうっとりしちゃう。」
それはまるで恋する乙女のようだ。
ベアトリーチェはゆっくりとお皿をテーブルに下ろすと、軽く両手を合わせた。
「いただきまーす。」
真っ白いクリームにフォークを刺して食べようと口を開けた瞬間――
目の前が急に暗くなった。
「ベル……ここにいたのね。」
大きく開けた口を閉じるが、いつまで経っても生クリームの甘さが口の中に広がることはない。
(あぁ……私のケーキちゃんが……)
目の前にあるケーキと、目の前に立つ女性を交互に見る。
どうやらケーキを口に運ぶ前に止められたらしい。
「あなた、今どんな状況かわかっているの!?」
(……どんな状況……?)
「状況は理解してるわ。だからこそ、せめてこの一口くらいは許されるべきだと思うの」
「へぇ……じゃあ、どんな状況か説明してくれたら、この一口食べてもいいわ!」
ベアトリーチェは隣に腰を下ろした女性に視線を向けると、仕方なさそうにハーブティーに手を伸ばした。
ミントの香りが鼻腔をくすぐる。
(本当は紅茶とか飲みたいんだけど……いい茶葉が見つからないのよね……)
ベアトリーチェは一口飲んでほっと一息ついた。
「それで?……今の状況について……だったわよね……」
「そうね。」
女性はこくりとうなずくと、頬杖を突きながら次の言葉を待った。
「そんなの簡単よ。ショートケーキを目の前で取り上げられて悲しい顔をしているってところかしら?」
「……」
「ふふっ。冗談よ冗談!! フェレシアだってわかってるでしょ?」
ベアトリーチェは持っていたカップをソーサーの上に置くと、目を細めた。
「ここは女の園だもの。噂話が多いことくらい……いえ、正確には――」
ちらりと周囲を見ると、遠くから睨んでいた令嬢たちがサッと視線を逸らす。
「私の評判を落として、ディオン殿下との婚約に揺さぶりをかけたいのでしょう?正面から来られない方々ばかりでしょうし……」
ベアトリーチェはそこで一旦区切ると、わざと周囲にも聞こえるように声の調子をわずかに上げた。
「言いたいことがあるなら、コソコソしてないではっきり言ってくれた方が嬉しいのだけど……」
そして頬に手を当てて首を傾げる。
「まっ、無理よねぇ……」
「「……」」
令嬢たちは悔しそうに唇を噛みながらも、誰一人として言い返せなかった。
しかしベアトリーチェは、まるで今の一件など存在しなかったかのようにケーキへ視線を落とし、両手を軽く合わせた。
「さっ、そんな事よりもケーキを食べましょ?このままだと乾いて味も落ちてしまうわ!」
「そんな事よりも……って……」
フェレシアは小さく息を吐く。
「本人が気にしていないなら……まぁ、いいか……」
「ん……? なんか言った?」
「いえ、なんでもないわ……それよりも食べましょ?」
ベアトリーチェは先ほどまでの空気など忘れたかのように、嬉しそうにケーキへ手を伸ばした。
その時――
「久しぶりね、リーチェ。」
ベアトリーチェの一口を邪魔するかのように、ひときわ通る声が落ちた。
ざわり、と周囲が揺れる。
令嬢たちは息を呑み、どこか落ち着かない様子で二人を見比べていた。
ベアトリーチェはケーキに向けていた意識を仕方なく引き剥がすように顔を上げると、そこには同じ顔がもう一つあった。
「ヴィクトリーチェ……」
ベアトリーチェは一瞬だけ目を細めると、何事も無かったかのようにフォークを持ち直した。
「……あら、あなたが来るなんて珍しいわね。」
「ふふっ、ちょっと用事があってね」
「へぇ……」
勝ち誇った笑みを浮かべるヴィクトリーチェ。
そんな彼女の様子を見て、ベアトリーチェは、
(きっと強敵と戦ってきたのね。)
と勝手に納得した。
労いの意味を込めて、ショートケーキを用意する。
「お疲れさま。大変だったでしょう。」
「あら、ありがとう……」
ヴィクトリーチェは素直にショートケーキを受け取ると、机をバンッと叩いて立ち上がった。
「……って! 内容は気にならないわけ!?」
(あぁ~ショートケーキが崩れるじゃない……)
「別に……」
ベアトリーチェは視線をショートケーキへ戻すと、静かにフォークを刺した。
「それより……」
(……そろそろ一口くらい許されてもいいと思うのだけれど)
「このケーキ、先に食べてもいいかしら?」
「「「えっ、そこ!?」」」
令嬢たちは揃って目を丸くし、ヴィクトリーチェすら言葉を失った。
ベアトリーチェはその言葉にこてんと首を傾げた。
「当たり前じゃない。今はお茶会中よ?」
フォークでケーキを持ち上げる。
「ケーキを食べるのが一番大事でしょう?」
まるでヴィクトリーチェの存在など最初から無かったかのように、ぱくりとケーキを口の中に入れた。
「ん~……おいしぃ~~!!」
ベアトリーチェの一口とともに、先ほどまでの重苦しい空気はあっけなく霧散した。




