推しのためにお弁当作りをはじめます!
「リネット。お弁当作りをするわよ!!」
ファルクナー城の厨房――
ベアトリーチェは調理台の上に買い込んできた食品を置くと、腕をまくった。
頭には三角に折ったハンカチが巻かれている。
「お嬢様……その、申し上げにくいのですが……お弁当とはなんなのでしょうか……」
リネットは慌ただしく動くベアトリーチェを不思議そうな顔で見つめた。
(いつも……行動が読めないのよね……)
「そういえば、説明していなかったわね。リネットは、ピクニックって知っているかしら。」
ベアトリーチェは、表と裏で話し方が変わる。
表向きは凛とした公爵令嬢。
だが、気を許した相手の前では年相応の少女に戻るのだ。
「ピクニックですか……?初めて聞きました。」
「そう、じゃあ、そこから説明しないといけないわね。」
ベアトリーチェは一度手を止めると、リネットを見た。
「ピクニックって言うのはね……青空の下で美味しいご飯を食べることよ。」
「……はぁ」
(青空の下で美味しいご飯……)
そんなことやる意味あるのだろうか。
リネットはベアトリーチェのやりたいことがますます分からなかった。
「ふふっ……その顔は、なんのためにやるかわからないって顔ね。」
「……よくわかりましたね。」
正直、外で食べるのであれば庭のガゼボでお茶をするのと変わらないのではないだろうか。
(……理解できないわ)
ベアトリーチェはリネットのそんな様子を見て、小さく笑った。
「ふふっ。あなたと何年一緒にいると思っているのよ。もう、八年よ?表情で何となくわかるようになったわ。」
「もっとも……表情筋はあまり機能していないけどね。」
「それは、言わない約束では?」
表情筋が動いていないのは元からだ。
今更言われたところで変わるものでもない。
「ふふっ……そうだったわね。それで話を戻すんだけど、ピクニックは美味しいご飯を青空の下で食べること。これは理解した?」
「はい、庭でのお茶会と同じということくらいは……」
「ま、まぁ、たしかに……庭でのお茶会と変わらないかもしれないけど……それとはちょっと違うのよ。一度試してみたらその素晴らしさがわかるはずだわ。そのためにも……お弁当……いえ、美味しいご飯作りを手伝って欲しいの。」
ベアトリーチェは一度そこで区切ると胸元の前で両手を組んだ。
「ダメ、かしら?」
(……この顔に弱いのよね……)
リネットは小さくため息を吐いてから、ベアトリーチェの横に並んだ。
「少しだけですよ。」
ベアトリーチェはその言葉を聞いて、ニコリと笑った。
その顔は、公爵令嬢ではなく年相応の少女そのものだった。
***
「ありがとう!!今回は簡単なお菓子と、サンドイッチ、それに唐揚げと、卵焼きを作ろうと思うの。」
ベアトリーチェはお弁当に使う食材を一つ一つ出していく。
せっかく竹の器を使うのだ。
色々なおかずを入れたりできたら良かったのだが、初めからそれをしてしまえば驚いてしまうだろう。
「唐揚げと卵焼きですか?」
「そう!!お弁当といえば定番のおかずよ。」
「はぁ……」
リネットは突っ込むのも面倒になったのか、適当に相槌を打つだけになっている。
「お菓子は……マドレーヌとフィナンシェ。サンドイッチはたまごサンドと、フレッシュな野菜サンドがいいかしら。」
レタスにトマト、キュウリ。
卵、鶏肉。
小麦粉に砂糖、塩。
それと牛乳を準備する。
(お肉になる前の牛が二頭も手に入ってよかったわ~)
ベアトリーチェは牛乳を瓶に移すと、キュッキュッと音が鳴るまできっちり閉める。
「リネットは、これをお願いね。」
「えっと……これは一体?」
リネットはベアトリーチェから渡された瓶を手に取ると、首を傾げた。
「そうよね。これだけ渡されても困るわよね。リネットには、これをこうやって振って欲しいのよ。」
ベアトリーチェはリネットから瓶を受け取ると上下に振り始めた。
ジャポジャポ
中に入っている牛乳が上下に揺れる。
「えっと……上下に振るだけ……ですか?」
「そっ、上下に振るだけよ。そうね……中の液体が固まっていくからそれまでお願いしていいかしら。」
「承知いたしました。」
リネットは何も考えずに上下に瓶を振り始めた。
(よかったわぁ~。これが一番大変だもの。)
ベアトリーチェはリネットに瓶を預けると別の作業に取り掛かった。
「まずは下拵えからよ。」
腕をまくると、鶏もも肉を取り出し、一口大に切っていく。
(本当は醤油味が好きなんだけど~。この世界にはないし……)
「今回は塩唐揚げね。お酒……は匂い少なめのウイスキーを貰いましょ。それに、塩と生姜に、ニンニクを入れて、一晩寝かす。この準備が大事なのよねぇ~。」
出来れば料理酒や地酒などを使いたいところだが、この世界にはない。
(ワインもビールも違うし……仕方ないわよね。いつか焼酎とか地酒とか作れるようになればいいけど……)
それは夢のまた夢の話だ。
「うーん……ちょっとウイスキーの匂いが強い気もするけど、仕方ないわね……このまま作ってみましょう。」
ベアトリーチェは鶏もも肉をそのまま端に寄せると次の作業に移ろうとした。
その時――
「お、おじょ、お嬢様。これは、いつまで、続くので、しょうか。」
リネットを見れば額にはじんわり汗が滲んでいる。
(すっかり……忘れていたわ……)
瓶の中を見てみると、少しずつだまが出来ているのが見える。
「あ~……えっと……そうねぇ~……あともう少しかしらね。」
「も、もう少しとは……?」
「ん~……三十分……いえ、一時間くらい……かしら。」
「そ、そんなこと聞いておりませんよぉ~!!」
普段、取り乱すことのないリネットの声が厨房内に響き渡った。
「ベアトリーチェお嬢様ぁぁぁああああ!!」




