珍獣は二階から飛び降りることもできるようです。
「あっ……おい……」
ギルバートはベアトリーチェを追いかけるように立ち上がるとそのままいそいで扉へと向かう。
しかし――
「消えた……?」
つい先ほどまでそこにいたはずのベアトリーチェの姿は、もうどこにもない。
(どうなっているんだ……!?)
ギルバートは眉間を押さえながら扉を閉めた。
すると、今度は別の方向から――
「リネット……やったわ!これで商会が立ち上げられるわよ!」
少しくぐもったベアトリーチェの声が聞こえてくる。
(……一体どこから……)
「お嬢様……もう少し大人しくできませんか。」
「ふふっ……そんなこと言わないでよ……今までと何も変わらないわ……」
「いえ、変わりすぎです。以前はもっと……公爵令嬢らしかったですよ?」
(外か……)
ギルバートは窓に近づくと、外を覗き込んだ。
すると――
そこには何かを持って走り回る侍女の姿があった。
そう、ドレスではなく、黒いロングドレスと白いロングエプロンを身に着けたベアトリーチェが……
どうやらいつの間にか城外に出ていたらしい。
(ここは二階だぞ?どうやって降りたんだ……)
ギルバートは一度ため息を吐くと、ハンスを見た。
「ハンス……お前にはあれが何に見える……。」
親指で窓の外を指せば、ハンスは窓の外を覗き込む。
そして、目を見開いた。
それもそのはずだ。
ここは二階で、外に出るには回らなければならない。
飛び降りるにしてもここの廊下に窓らしきものはないのだ。
しかし――
ベアトリーチェはなぜか外にいる。
「あぁ~っと……竹だったか?を持って走り回る……侍女か?」
「違うだろ。あれは侍女じゃない……」
「珍獣、ベアトリーチェだ。」
ギルバートはこめかみに手を置き、深く息を吐き出すと、執務机に戻っていく。
「あいつは……本当に公爵令嬢なのか……?それにどうやって……」
その時――
ガチャリと扉が開いた。
「ベアトリーチェ様でしたら、猛スピードで連絡橋までいくと、そのまま飛び降りていましたよ。」
「ベンジャミン……見ていたのか?なぜ止めなかった。」
ベンジャミンが室内へと入ってくる。
「ふぉっふぉっふぉ……止めようとは思ったのですが、目にも止まらぬスピードだったのです。この老いぼれに止めることなど出来ますまい。」
(こいつ……無理なわけないだろうが……)
ベンジャミンは鼻の下の髭を触りながら笑っている。
その体躯は、とても齢七十を超えた老人のものには見えなかった。
ファルクナー城にいるものたちは元軍人が多い。
ケルベリオンとの戦いがいつ激化しても問題がないように、それなりに動ける者を残しているからだ。
ギルバートは射抜くような視線でベンジャミンを睨みつけると、気にもしない様子でそのまま話を続けた。
「それより、アリスター様からお手紙が届いておりますよ」
ベンジャミンは一通の手紙を机の上に置いて微笑んだ。
「……それを早く言え!」
机に置かれた手紙を荒々しく手に取ると、ビリビリと封筒の端を指で千切る。
「あっ、おい……そんな切り方して手紙まで破けたらどうするんだ。」
「知らん!!」
ハンスはベンジャミンへ視線を送るとお互い肩を竦めた。
「……」
ギルバートは手紙を開けるとそのまま読み出す。
――――――
ギルへ
愛しい妹は元気にしているだろうか。
近々、両親を連れてそちらに向かうよ。
そうだな……二週間後。
君の両親にも伝えておいて欲しい。
アリスター
――――――
「今度は……二週間後か……」
両親を連れてくるということは、話がいい方向に進んだということなのだろう。
(俺に……あいつの操縦なんてできるのか……)
ギルバートは手の力を抜くと、体を背もたれに預けて天を仰ぐ。
「この竹……切るの大変なんだけど……誰かにお願いできないかしら。」
「そうですね。わたくしでも難しいかもしれません。どこかに力のある方が……あっ、ギルバート様なんていかがでしょうか?」
外からは楽しそうにはしゃぐベアトリーチェとリネットの声が風にのって聞こえてくる。
「それは良いわね!!ギルバート様……は力はありそうだもの。」
「クッ……力はありそうだって……」
「ふぉっふぉっおっ……さすが騎士団団長ですな。」
どうやらハンスとベンジャミンにもベアトリーチェの声が聞こえていたらしい。
「一言余計だ……」
ギルバートは手紙を引き出しにしまうと、立ち上がって扉に向かった。
「なんだ?行くのか……?」
「……」
「なんだかんだ、ベアトリーチェ嬢のこと気に入っているよな。」
「別に、気に入っているわけではない。ただ、今まで近づいてきた女とは違うと思っているが……。」
今まで近づいてくる女は香水臭く派手な女ばかりだった。
香水は竜が嫌う。
そのせいで機嫌が悪くなり竜に乗れない日が何日も続いたりした。
「ほら、それが気に入っているって言うんだよ。」
「……そうなのか?」
(観察対象に近いような気もしなくもないが……)
ギルバートが執務室の外に出ればハンスも後ろに続く。
「お前まで来る必要ないんだぞ?」
「いや、こんな面白いもの……見ないなんて損しかないだろ。」
二人で歩いていれば前から侍女の姿をしたベアトリーチェが手を振りながら近づいてくる。
「あっ、ギルバート様……にハンス!!(今日も推しが尊い……早く団扇を作らないと……)」
「ベアトリーチェ様。」
リネットが低めの声でベアトリーチェの名前を呼ぶと、彼女は一度咳払いしてから背筋を伸ばした。
「どうした?」
「ちょうどいい所にいらっしゃいましたわ。ギルバート様にお頼みしたいことがございましたの。」
急な変わり身に、ハンスはギルバートの後ろで声を殺して笑っていた。
(こいつ……)
ハンスの足を軽く踏むと、ハンスも姿勢を正す。
「頼み事?」
「ふふっ……本当に仲が良いのですね。」
ベアトリーチェはうっとりとした表情でこちらを見ている。
(また訳の分からないことを考えていそうだな……)
「あぁ……昔からの付き合いだからな。それで頼み事とはなんだ?」
「そうでした。わたくしったら二人に夢中になって……って、それよりもこちらへ来てくださらないかしら。」
「できればノコギリなどがあると嬉しいのですが……」
ベアトリーチェは人さし指を口元に当てると、コテンと首を傾げた。
「ノコギリか……木工職人なら持っているかもしれんが、この城にはないぞ。」
「ここには……ない?」
そもそもここは城であって店ではない。
例えお抱えの職人がいたとしても、城内で囲い込むことはしないだろう。
「あぁ……」
その瞬間――
ベアトリーチェの目から光が消えた。
相当ノコギリが欲しかったらしい……
ギルバートは唾をごくりと呑み込むと、
「ま、まぁ……代わりになる斧だったらあるが……」
一言付け加える。
「斧……まぁ……斧でも……」
ベアトリーチェはボソボソと言葉を発すると、ギルバートへ視線を戻した。
(少し光が戻ったか……)
「斧でも構いません。こちらを切っていただきたいのです。」
ベアトリーチェはギルバートとハンスに持っていた竹を一本ずつ渡す。
「重いな……」
「えっ、俺も!?」
そして、地面に絵を書き始めた。




