公爵令嬢はどんなものでも見逃しません。
「し、し、商会!?」
ガタガタッ。
ギルバートは椅子から立ち上がると、ベアトリーチェを見下ろす。
あまりの大声に、ベアトリーチェはぱちりと目を瞬かせた。
(これが……冷酷な男……?)
ここに来てから数日。
ギルバートとは幾度となく話してきたが、冗談も言うし、笑いもするし、あの男に比べればよほど人間味がある。
現に今だって、驚いて立ち上がっているくらいだ。
(まぁ、表情筋はあまり動かないけど……それが怖かったのかしらね。)
ベアトリーチェは呑気に目の前の男を見上げると、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「えぇ、商会を作りたいのです。」
「な……正気か?」
「嘘でこのようなことは申しませんわ。」
(そんなに変なことを言ったかしら……)
第二王子の婚約者だった時は、楽しみといえば夜会やお茶会くらいなものだった。
それ以外は公務、勉強の毎日……
ディオンが何もしないからとすべてベアトリーチェに押し付けていく官僚。
家に帰ろうとすれば「送るものがいないから」と王城から出してもらえず……
兄や両親にもなかなか会うことができなかった。
(思い出すだけでも反吐が出るわ)
そんな時、唯一家族に会うことができたのが、お茶会や夜会だ。
(お菓子が美味しかったとは言えないけど……)
お菓子だって、自分が食べたいものを好き勝手作ることはできない。
お高いだけのパサパサのクッキー……
味はまともだけど、着色料たっぷりのド派手なケーキ……
王城で出されるパンも、ファルクナー領のものに比べれば柔らかい。
だが――
「このパンがうまいか?」と聞かれれば、素直に頷くことはできない。
クタクタになるまで煮込まれたスープに、牛肉は焼きすぎてカチカチ。
(スープはここのスープが一番ね。)
特に前世の記憶を思い出してからは……自己暗示をかけるのが大変だったほどだ。
(自分で作ればまだマシなのに……)
ベアトリーチェは胸元で手をぎゅっと結び、ギルバートを見上げた。
「ギルバート様に迷惑はかけませんわ。それに商会は、わたくしのポケットマネーで行うつもりですの。だから安心してくださいませ。」
「ポケットマネーって……商会を立ち上げるには金がかかるんだぞ?」
「そのくらい知ってますけれど……?」
「そ、そうなのか……?」
どうやら資金面を心配してくれていたらしい。
「優しいのですね。でも大丈夫ですわ。」
「何が大丈夫なんだ。それに、ここは最前線だ。今でこそケルベリオンは静かにしているが……またいつ戦を吹っかけてくるか分からないんだぞ?」
ギルバートの声がどんどん大きくなっていく。
しかし、ベアトリーチェはそんなこと気にしていないのか、淡々と言葉を返した。
「そうですわね。ですが、商会はわたくしのただの趣味ですもの。それに、先ほども言ったではありませんか。ご迷惑はおかけしないと……。」
ベアトリーチェも何も考えがないという訳では無い。
勿論、公爵令嬢としてそれなりに貯金だってある。
(お父様たちに内緒でドレスや宝石代をケチってたのよね。ふふっ……こんなところで役に立つなんて思ってもみなかったわ)
「し、しかし……店舗も必要になるだろう?店をやるなら王都の方がいいだろうし……ここで店を出したところでたかが知れているぞ?」
ギルバートは肩を竦めた。
本当にベアトリーチェが何を言っているのか理解できていないようだ。
ベアトリーチェはそんなギルバートを見て「クスッ」と笑った。
そして、ハンスもギルバートを見て笑っている。
「な、何がおかしい……?」
「いえ、別に……」
「クッ……いや、お前のその姿が珍しいと思ってな……それに女性に言い負かされるなんてほとんどないだろ?」
(きゃー!ギルバート様が攻めかと思っていたけど、逆なの!?それも萌えるわぁ~)
ベアトリーチェは二人のやり取りを見て、鼻をふんふんと鳴らすと、
刹那――
「ふぎゅ……」
ギルバートが身を乗り出して、ベアトリーチェの鼻をつまんだ。
「おい、珍獣……何を興奮しているんだ?」
その目には先ほどまでの慌てふためく姿はない。
「い、いえ……ただ、尊いなと思いまして……ふふ……ほほほほほ」
「何が尊いんだ!お前の俺たちの見る目、何か勘違いしているようにしか見えないんだが……?」
「そ、そんなことはございませんわ。そ、それより話を戻しましょう。」
ベアトリーチェがわざとらしく咳払いをすると、ギルバートはドカりと椅子に腰をかけた。
(危なかったわ……二人の関係は秘密だものね。私も気をつけないと……)
「それで、店舗についてでしたよね?店舗は今のところ作る気はございませんの。」
「「……は?」」
ギルバートとハンスの声が重なった。
「ついに頭がおかしくなったか……?いや、珍獣だから理解ができないということか……」
「失礼ですわね。頭などおかしくなってはおりませんし、聞き間違いでもございませんわ。わたくしは店舗を構える気はないと、はっきり申し上げたのです。」
ギルバートはベアトリーチェをじっと見つめると、こめかみを押さえてぐりぐりと回した。
その姿をみてハンスは目を細め、ため息を吐く。
(見つめるなら私じゃなくてハンスにしてよ。ヤキモチ妬いてるじゃない。)
「店舗を構える気はない?ではどうやって商売をするんだ?」
ベアトリーチェは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに満面の笑みを浮かべた。
そして――
「通信販売……いえ、カタログ販売をするのですわ。」
「「カタログ販売!?」」
この世界にネットなんてものは存在しない。
しかし、郵送で送ることは出来る。
ベアトリーチェはそこを使おうと考えたのだ。
「そう、カタログ販売です。」
ベアトリーチェはソファから立ち上がると執務室の中をゆっくり歩く。
「お客様はすべて会員制にします。カタログを送り、その中で選んだ商品をここからご自宅へ郵送するのです。」
「と、いうことは……」
「はい、言ってしまえばここが店舗になるということでしょうか。」
「なるほどな……ここを店にするのか……」
ベアトリーチェはここに来てから何日かかけて、ファルクナー城を探検していた。
国境ということもあってか、城自体は大きい。
セイレート城と比べても遜色ない。いや、もしかするとアルキューネ城よりも広いかもしれない。
「幸いにもこのお城。使われていないところが多いようですし……いいと思いませんか?」
「もちろん、商品を届けるための販路は必要になりますけれど……」
そこで一旦区切ると、ギルバートの後ろに回り込んでソファの背もたれに手を置いた。
「領地の道路を綺麗にする目的も含まれますし、良いと思いませんか?それに、いいものを見つけたのです。」
ベアトリーチェはリネットに持ってくるよう伝えると、一本の木材を持ってきた。
「そ、それは……」
「これをご存知ですの?」
真っ直ぐに伸びた円柱型。
等間隔に節があり、中は空洞なのか叩くと音が響く。
表面は普通の木とは違いツルツルとした光沢があり、黄緑色をしている。
「あぁ、この辺りにたくさんあるからな。火にくべても焼けないから薪にもできないし、売れもしない……処分するのに困っていたくらいだ……」
その言葉を聞いた瞬間――
ベアトリーチェは「まぁ、まぁ、まぁ……」と大きな声を上げた。
「そんな……処分が出来なくて困っていたのですか?こんな万能な竹を!?なんて勿体ない……」
「た、竹……なんだそれは……初めて聞いたぞ!?」
「そうですか……」
(やっぱりこの世界では使われていないのね……だったら好都合だわ)
ベアトリーチェは公爵令嬢らしく優雅に微笑むと、そのまま扉に向かって歩き出した。
「知らないのでしたら……いらないものも同然ですわね。こちらの竹は本日からすべてわたくしがもらいますわ……」
「あっ、おい……まだ話は……」
(やったわ……これで一歩前進ね!!)
後ろからギルバートの声が聞こえたが、ベアトリーチェは気にすることなく執務室をあとにした。




