恋文だったら良かったのですけどね。
「それでベル。君はこの手紙の意味はわかるのか?」
束の間のお茶の時間を終えると、ギルバートはエルヴィルからの手紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
だが――
「ふふっ……美味しかったわね。やっぱりバターがあるのと無いのじゃ、風味が違うわ。それに、イースト菌。これも大事ね。」
ベアトリーチェはギルバートに反応することなく……呪文のような言葉を並べている。
(聞こえていないのか……)
「おい、ベル……」
「ん~……パン屋をはじめるのいいわね。それに、商会を立ち上げるなら手広くやってみるのもありかもしれないわ。」
ベアトリーチェの隣に座るリネットを見るが、見慣れた光景なのか、優雅に紅茶を飲んでいる。
「おい、ベル!!聞いているのか?」
何度目か分からないギルバートの呼びかけに、リネットは肩をすくめると、ベアトリーチェの肩を揺らした。
「ベアトリーチェお嬢様。ギルバート様が呼んでおります。お話があるそうですよ。」
「……あら、わたくしったら……また……」
「えぇ……またです。」
リネットはため息混じりに返事をすると、ギルバートへ合図を送る。
どうやら話していいということらしい。
ギルバートは机の上に出した手紙を指でトントンと叩く。
「ベル。お前に聞きたいことがある。」
ギルバートの真剣な表情とは裏腹に、ベアトリーチェはきょとんとした顔で首をこてんと傾げた。
「聞きたいこと?一体どのようなことでしょうか?」
執務室内の空気がすこし変わったはずなのに、ベアトリーチェはいつもと変わらない。
それどころか、時折混ざる砕けた口調に違和感を覚える。
(無理に取り繕ってるのか……?)
「ギルバート様?」
ベアトリーチェが不思議そうに瞬きをすると、今度はハンスが、ギルバートの肩を揺らした。
「おい……。大丈夫か?」
「あ、あぁ……すまない。」
その姿を見たベアトリーチェは口元を押さえて「ふふっ」と笑った。
「どうした?」
「いえ、なんでもございませんの。それより……お話を進めましょう。」
(……気にするだけ無駄か。)
ギルバートは首を左右に振ると、表情の温度を消した。
「そうだったな。もう一度聞こう。ベル……」
ハンスが手紙をベアトリーチェの前にすっと置く。
「この手紙の意味が分かるのか?」
彼女はその言葉を聞いて、手紙へと視線を移した。
「あー。こちらは先ほどの恋文ですわね。」
「いや、違う……」
ギルバートはこめかみを抑えながら深く息を吐く。
「ふふっ、ごめんなさいね。表情がコロコロ変わるものだから、ついからかいたくなってしまいましたの。それで、この手紙ですが……」
ベアトリーチェは一度そこで区切ると目を細めて微笑んだ。
「勿論……読めますわ……そこまで難しい内容ではないですもの。」
そして、次の瞬間――
ふっと顔から表情が消えた。
(こんな顔もできたのか……)
ベアトリーチェが来てからというもの、ギルバートが見てきた彼女は、いつも笑っているか、頬を赤らめてこちらを見ているか――あるいは、珍獣と呼ぶに相応しい行動を取っているかだった。
だからこそ、今目の前にいるベアトリーチェが、まるで別人のように見える。
「もっとも――わたくしにとっては、あまり好ましいものではありませんけれど。」
ドクン――
彼女のいつもより低い声に、ギルバートは鼓動が大きくなるのを感じた。
***
「ギルバート様。なんだかお顔が赤いようですが、風邪でも引きました?」
まさか、先ほどの手紙について聞かれるとは思ってもいなかった。
たまたま読んでしまっただけの手紙だ。
そこに書かれていたのは――
(私を探して欲しいって内容だったのよね。)
ベアトリーチェにとって、正直気分の良いものではない。
「いや、なんでもない。紅茶を飲んだから体が温まったんだろう。」
ギルバートは赤くなった顔を誤魔化すように手で仰いだ。
その素振りを見てベアトリーチェは首を傾げる。
「でしたらよいのですが……あまりご無理はなさらないようにしてくださいね。」
「あ、あぁ……ありがとう。それで手紙の件だが……」
(忘れてくれてはいなかったのね……)
ちょっとでも話を反らせたらと思っていたが、ギルバートもそこまで鈍感ではないようだ。
「はぁ……手紙についてですか。」
「なんか都合が悪いことでもあるのか……」
「いえ、別にそういう訳では無いですけど……(大アリよ)」
ベアトリーチェは一度目を閉じると覚悟を決めた。
「レヴィール第一王子がどなたかを探しているようですよ。」
刹那――
ギルバートは目を見開いた。
「よくわかったな?相手が……レヴィールだと……」
「そんなの……子供でも分かりますわ。」
エルヴィルはレヴィールのアナグラムだ。
そもそもヴィルはそのままだし、誰だってすぐに気づく。
もし気づかないのであれば……
「字の練習からし直した方がいいわ。」
ベアトリーチェがボソリと呟くと、その場の空気が固まった。
カチャカチャ――
リネットが食器を片付ける音がやたらと大きく感じる。
「それで探している相手ですが……プラチナを持つひとですね。」
ベアトリーチェは小さい頃に読んだアルキューネ星座の図鑑を思い浮かべる。
「ギルバート様はご存知ですか?第七星区のことを……」
「いや、すまないが星にはあまり詳しくない。」
ギルバートは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうですか……第七星区は、一際大きく輝く星なのです。そして別名『プラティナ(白金星)』とも呼ばれておりますわ。」
ベアトリーチェはそこから手紙の内容を簡潔に伝える。
「『よくよく似た星が、最初からそこにあったかのように輝いている』と言うのは、居なくなった人にそっくりな人が成り代わっているということかと思います。でも周りは気づいていないと……」
そこまで聞いた瞬間、ギルバートの表情が強張った。
どうやらレヴィールが誰を探しているのかわかったらしい。
「もしかして……」
ベアトリーチェは困ったように肩をすくめる。
「そういうことですわ。レヴィール第一王子殿下が探しているのはわたくしです」
ベアトリーチェは自嘲気味に微笑んだ。
「どうします?差し出しますか……と、言っても……」
「わたくしは王城に入ることすら許されないのですけれど……」
あそこには自分に成り代わっているヴィクトリーチェがいる。
それに、一度偽物と罵られたのだ。
(もう懲り懲りだわ……)
ギルバートは、椅子に深く腰をかけると体の力を抜くように天を仰いだ。
そして――
「ふぅぅぅぅ」
と息を吐き出す。
「いや、あいつらとも約束したしな。お前を王城に戻すつもりはない。」
その言葉を聞いたベアトリーチェはぱっと表情を明るくした。
「そうですか。それは良かったです。わたくしも……その……ご恩にも報いたいと思っておりますの……ですから……」
ベアトリーチェはそこで一旦区切ると姿勢を正した。
「商会設立をお許しいただけないかしら?」
ベアトリーチェの突然の言葉に、ギルバートたちが固まった。
リネットの食器を片付ける音だけが執務室に響き渡った。




