王家より恐ろしい男。
「レヴィール、なにか進展はあったのですか??」
アルキューネ城――
サイラスは執務室に入ってくるなり、書類の山を見て目を見開いた。
「……ってなんですか。この量の書類は……」
それもそのはずだ。
書類の山がいつもの四倍以上あるのだから。
「サイラスか……すまないな。」
書類の山で互いの顔すら見えない。
サイラスはヒラリと落ちてきた一枚の書類を手に取ると、そのままローテーブルの上に書類を置いた。
(三日前はこんなことになっていなかったはずですが……)
たった三日間で何があったというのか……
床に散らばった書類を片付けていると、山の向こうからレヴィールの声が聞こえた。
「どうやら、ディオンのやつが仕事をしないらしい。それどころか、官僚に仕事を任せて遊び歩いているようなんだ。官僚に泣きつかれた。」
アルキューネ城にはいくつかの部署が存在する。
しかし最後に決裁権があるのは王族だ。
サイラスは1枚の書類を手に取ると、書類の内容を確認した。
(なるほど……そういうことですか……)
書類の署名欄が全て空白になっている。
「おそらく以前はベアトリーチェ嬢に全ての仕事を任せていたんだろうな。」
官僚たちは勝手に署名することはできない。
偽証罪になってしまうからだ。
だが――
婚約者であれば話は別だ……
(この国では婚約者が準王族扱いですからね……)
山の向こうからレヴィールが「ふぅ」っと息を漏らす音が聞こえる。
「それで……そのベアトリーチェ嬢についてですが……」
ガタガタッ
山の奥が大きな音を立て、今にも雪崩が起きそうなほど揺れている。
「なにか分かったのか?」
レヴィールのいつもより大きな声に、どれだけ切羽詰まっているのか分かった。
「いえ……。手がかりすらありません。」
相手はセイレート公爵だ。
心理戦に優れ情報操作が得意。裏工作はお手の物。
そんな相手の情報が簡単に手に入るわけがなかった。
「……そうか……そうだよな……一応、ギルには手紙を送ったが……手紙の意味を理解してくれるか……」
いつもより弱々しい声が、山奥から聞こえる。
(相当参っていますね……)
二人の間に重い空気が流れる。
その時――
レヴィールが口を開いた。
「どうやら、今日……セイレート公爵が登城するらしい。ルカが集めた情報だ。間違いないだろう。」
レヴィールは第一王子でありながら、家族から疎まれている。
そのため、大事な情報は入ってこない。
それどころか夜会などに参加することすら許されていない。
(国王陛下はレヴィールを守ろうとしているだけですが……過保護なんですよね……)
「そうですか……ですがこの書類の山を見ると……」
「あぁ、言いたいことは分かる。ベアトリーチェ嬢にはこのまま自由に生活して欲しいと思ってしまうな。」
「そうですね……」
静まり返った執務室に、書類をめくる音が響いていた。
***
「アレクサンダル国王陛下。セイレート公爵がお見えです。」
「はぁ……来たか……」
謁見の間――
アレクサンダルは玉座に深く腰をかけると、天を仰いだ。
(ベアトリーチェが偽物か……)
ベアトリーチェが偽物なはずがないのは、アレクサンダル自身がよく知っていた。
ギギギ……
重たい扉が低い音を立ててゆっくりと開く。
コツンコツン。
重い靴音が赤い絨毯の上に響きわたる。
「お久しぶりでございますね。アレクサンダル国王陛下。ご健勝そうでなによりでございます。」
「あ、あぁ。久しぶりだな、セイレート公爵。急に呼んでしまってすまない。」
アレクサンダルは、近づいてくるアリステアを見て頬を引き攣らせた。
「いえ。国王陛下からの命令ですからね。無碍にする訳にはまいりません。」
笑っているはずなのに、その場の空気が一気に冷え込んでいく。
「それで……今日はどのようなご要件でしょうか?」
たった数分しか経っていないはずなのに、アレクサンダルにとっては数時間にも感じられた。
「ハ、ハハ……その……」
アレクサンダルが王族のはずなのに、この場の空気はアリステアが支配していた。
「ベアトリーチェがどこにいるか教えて欲しい。」
その瞬間――
「クッ……クッ……クハハハハハハ!!」
アリステアの笑い声が謁見の間に響き渡った。
「ベアトリーチェがどこにいるか……ですか……それは国王陛下の方が詳しいはずだ。」
アリステアは目を細めると人差し指で赤い絨毯を指した。
「この王城にいるでしょう。」
「……いや、今この王城にいるのはヴィクトリーチェであろう。」
「いえ、ベアトリーチェで間違いないと思いますが?お茶会でもたくさんの令嬢が見ていたと聞いております。勿論、私の妻もです。それに……」
アリステアは一枚の書類を取り出すと、アレクサンダルに差し出した。
アレクサンダルは恐る恐る書類へ視線を向ける。
と、そこには――
「な、なんだこれは!?」
王妃のお茶会の日。
ディオンとベアトリーチェの間に交わされた誓約内容が記されていた。
(……こんなのは聞いていないぞ……)
ディオンからベアトリーチェが偽物だったという話は聞いていた。
そして偽物を追い出したとも……
(まさか……誓約書まで書かされてきたとは……)
「この誓約書には、ベアトリーチェが王城およびディオン第二王子殿下へ近付かないこと、と記されています。」
アリステアは、そのまま話を続ける。
「仮に、ここにいるベアトリーチェが偽物であったとしても、私の娘をここに戻すつもりはございません。それに……ディオン第二王子殿下が偽物だと、判断してくださいましたから……覆ることはないと思いますがね。」
この国では、一度王族が下した判断は簡単には覆らない。
「……」
二人の間に重い空気がのしかかる。
その場に集められた上級貴族たちも言葉を発することは出来ない。
それからしばらくして――
アレクサンダルが重い口を開いた。
「……はぁ……ベアトリーチェ・セイレートと、ディオン・アルキューネの婚約を白紙に戻す。」
アリステアはふっと笑うと、静かに頭を下げる。
「アレクサンダル・アルキューネ国王陛下のご再考に感謝申し上げます。」
「……よい。頭を上げよ。」
アリステアは頭を上げると、踵を返した。
そして、扉の前で一度立ち止まって振り返る。
「アレクサンダル。お前は昔から何も変わらないな。お前があれを王妃にした時点で、俺はお前に失望している。ベアトリーチェが殿下の婚約者だったから仕方なく付き合っていただけだ。お前もいい大人だ。遊んでばかり居ないで、もう少し付き合うやつを考えた方がいいぞ。」
「ま、待ってくれ……」
アリステアは言いたいことだけ告げると、そのまま謁見の間を後にした。
アレクサンダルは彼の言葉に何も言い返すことができなかった。
扉が開き、重たい空気は無くなったはずが……
謁見の間には重たい空気だけが残った。




