珍獣令嬢はスコーンを焼くのに夢中です。
「ふふっ……何を作ろうかしら……」
厨房の片隅――
大きめの瓶を見つめながら、今日のメニューを考える。
(初めてにしては上出来じゃない。)
瓶の中では水の上にリンゴがぷかぷかと浮かび、シュワシュワと気泡を発している。
王城にいる時は、作り方を伝えてもそれ通りに作ってもらえることはなかった。
(やっぱり私が自分で作った方が早いのよね。)
しかし、ここでは違う……
二人の逢瀬の邪魔さえしなければ何をしても自由だ。
(あの二人を遠くから見てられるだけで、幸せなのよね。)
「二人を眺めながらお茶を楽しむのもいいけど……折角だし、スコーンを作るのもありかもしれないわね。」
家政婦時代、マダムが急にスコーンを食べたいといったのを思い出す。
(お店がなかったから結局私が作ったのよね。)
羽振りはいいがその分食に貪欲で、食べたい時に食べないと気が済まない性格だった。
(おかげで色々なものが作れるようになったわ……)
今日使う材料を取り出しながら、考え事をしていると、
「……スコーンとはなんだ?」
後ろから一人の男が声をかけてきた。
振り向けば、整った顔がすぐ目の前にあった。
「うわっ!」
ベアトリーチェは口を半開きにしたまま固まった。
それを面白く思ったのか、ギルバートはベアトリーチェの顔の前で手を振ると、そのまま頬をつねった。
「い、いたっ……な、にすゆのよ……」
「ははっ……令嬢の仮面が崩れているぞ!」
「あなたが急に現れたからでしょ?それより……」
いつもいるはずの片割れが見当たらない。
「今日は一緒じゃないのね。」
「なんだ不満か……?」
ベアトリーチェは肩を落とし、目を細めた。
「不満というか……その……喧嘩でもしたのかと思って……」
「は?喧嘩はしてないが……誰の話をしてるんだ?」
ギルバートはベアトリーチェの言葉に首を傾げた。
「誰って……決まっているじゃない。貴方の片翼よ。」
(私は二人一緒にいるところを見たいのよ。)
「鳥は翼がふたつないと飛べないでしょ?だからあなたにもそう言った方が必要だと思うの。」
「ま、まぁ……そうだな……?」
ギルバートは何故か頬を赤く染めると、ベアトリーチェから視線を逸らした。
(あら……やっぱり少し照れているのかしら。)
「でしょ?だから、ギルバート様も早く戻った方がいいと思いますの。わたくしも美味しいお菓子を作ってあとから行きますから、安心して待っていてくださらない?」
貴族らしく微笑むと、ギルバートは一言「わかった」とだけ言って厨房から出ていった。
(やっぱり二人は一緒にいて欲しいものね。片方だけなんて供給不足だわ!)
ベアトリーチェはギルバートが居なくなったことを確認すると、どこから取り出したのか、三角巾を頭に被り始めた。
「さっ、始めましょ。スコーン作り。」
ベアトリーチェは粉の入った器へバターを落とすと、木べらでさくさくと切るように混ぜ合わせていく。
ふわりと漂う甘い香りに、ベアトリーチェは満足そうに目を細めた。
(これよ、この匂いこそがバターよね。)
バターを手に入れるのには苦労した。
この世界の料理も嫌いではない。
ただ、何を食べてもどこか生臭さが消えないのだ。
牛乳を取り出すと、ゆっくり粉の中に加えていく。
そして、瓶の中で作った酵母菌を少し粉の中に加えた。
「うん、悪くはないわね。りんごの香りがいい感じじゃない。」
この世界では、牛乳を飲む文化自体ほとんどない。
果物も切ってそのまま食べるくらいだ。
(だからこそ、この香りがたまらないのよね。)
ベアトリーチェは生地に鼻を近づけると、大きく息を吸った。
「いい香りだわ……」
りんごの甘酸っぱい香りが、生地の奥からふわりと広がっていく。
ベアトリーチェのお腹が小さく鳴った。
「ふふっ……焼き上がりが楽しみね。」
ある程度まとまったところで、ベアトリーチェは生地を軽く折り畳み、濡れタオルをふわりとかけると、その隣に腰を下ろした。
「焦って焼くより、この方が美味しくなるのよね。」
ベアトリーチェは生地を優しく撫でながら、ふふっと笑った。
「美味しくなってねぇ~」
ベアトリーチェは頬杖をつきながら、焼きあがったスコーンを思い浮かべる。
外はさっくり、中はほろり――
そこに香り高い紅茶があれば完璧だ。
「ふふっ……スコーンなら、やっぱりダージリンかしら。」
焼き立ての香りを想像しただけで、ベアトリーチェの頬は自然と緩んでいた。
***
「おい、なんでこんなに書類が溜まっているんだ!」
アルキューネ城の一室――
以前は気づくと片付いていた書類の山が、今では誰の手も入らぬまま積み上がっている。
「そ、そんなことを言われましても……全てディオン第二王子殿下の署名が必要でして……」
「はっ?今までそんなこと無かったじゃないか!!」
ディオンは目尻を釣り上げると、目の前にいた官僚を睨みつけた。
「私にそんな態度を取っていいと思っているのか!」
そして――
バンッ!!
ディオンが机を叩くと、積み上がっていた書類がバサバサッと床へ崩れ落ちた。
「い、いえ……ですが……私たちではどうにもできないのです。」
「なんだって!?今まで何とかなっていたものが、急にこんなことになるわけが無いだろうが!!この能無しめ!!」
「し、しかし……」
「しかしも何も無いだろうが。この程度の仕事もできないなら、お前たちに給金を払う意味はない。」
ディオンは散らばった書類を足で踏みつけると、鼻で笑った。
「ふんっ……今日中に全部終わらせろ。この書類が片付くまで、お前たちをこの部屋から出すな。食事も不要だ。」
「で、ですが……」
「今までできていたのだろう?ならできない方がおかしいはずだ。やり方など、私の知ったことじゃない。」
「ブラッド、部屋の前に兵士を立たせておけ。」
「はっ!!」
ディオンは後ろに控えていた側近の一人に言い捨てると、部屋を後にした。




