辺境の要塞城、退屈せずにすみそうです。
「それで……言いたいことはわかった。まぁ、この珍獣を妻として迎えるメリットもな。だが、肝心なことが聞けていないぞ?」
(……また、珍獣って言ったわね。)
「肝心なこと?」
ギルバートの言葉に、アリオンが首を傾げる。
ベアトリーチェは二人の邪魔をしないように、目の前のクッキーに手を伸ばした。
(……このクッキーちょっとパサパサしてるのよね……見た目は綺麗なのに……)
「そうだ。さっき言葉の中に第二王子という声が聞こえた気がしたんだが……俺の気のせいか?」
そこまで言われて、アリオンも思い出したようだ。組んでいた脚を組み換えて、目の前の紅茶を一口飲むと目を閉じた。
(あの顔……面倒だと思ってるわね……)
「……気のせいではない。」
アリオンは短く答えると、先ほどまでの軽い空気を消した。
その変化に、ギルバートもわずかに目を細める。
「ベルは王族に執着されている。」
「王族に……?」
「それは、お兄様達の勘違いですわ。わたくしがクソ王子……じゃなかった……第二王子の婚約者だったから、皆さん優しくしてくださっただけですわ。」
「優しい、ねぇ……」
アリオンは呆れたように額を押さえた。
「ベル。お前、自分がどれだけ囲われてたか理解してないだろ。」
「囲われてなど……」
「護衛も侍女も、全て第二王子側で固められてたんだぞ?おかげで家にだって帰って来れなかっただろ?」
「それは婚約者として当然では?」
「「当然じゃない。」」
アリオンとアリスターの声が重なった。
いつもよりも低い声に、ベアトリーチェはぴたりと動きを止める。
「僕たち家族でさえ何度面会を頼んでも拒否されたんだ。おかげでベルに会えたのは年に数回だけ……なのにあいつと来たら……」
「夜会では、いつもお前を放置して別の女のところに行き、挙句の果てに偽物だと言ったんだぞ?」
「偽物……?」
「そうだ。」
アリオンはギルバートに何があったのかを話した。
「まぁ、そのおかげで自由に動けましたし……美味しいお茶やお菓子を楽しむことができましたから……」
ベアトリーチェは、どこか安心したように微笑んだ。
「それに、今は自由ですから……」
ベアトリーチェはのんびりと紅茶を口に含むと、クッキーを一枚手に取った。
サクッ――
小気味いい音が響く。
「ん~……美味しいっ!」
嬉しそうに目を細めた。
***
(……こいつ、本気で言っているのか。)
その笑顔を見て、ギルバートは小さく眉を寄せた。
偽物扱いされ、家族にも会わせてもらえず、それでも“自由だった”と言う。
まるで――
不自由だったことなど初めから無かったかのように……
「そんな状態でよく紅茶なんて飲めるな。」
「そんな状態?って……どんな状態ですか?」
ギルバートが小さい声で呟くと、ベアトリーチェにも聞こえていたのか目を見開いた。
「紅茶やお菓子に罪はありませんし、私は自由になった訳ですし、あんな王城にずーっといるより今の方が幸せですわ。」
「それでも……これから社交界で何を言われるかわからないぞ。貴族なんてろくな奴は居ないんだ。」
「ふふっ……そんなの痛いほど知っていますわ。わたくしもその一人ですもの。……ですが……そんなの言わせておけばいいのです。」
ベアトリーチェは、紅茶のカップをそっと皿へ戻した。
先ほどまでクッキーを食べていたとは思えないほど穏やかな声音に、ギルバートは息を呑んだ。
(こいつ……こんな顔もできたのか……)
口元をわずかに緩めて微笑む姿は、珍獣ではなく公爵令嬢そのものだった。
「だってわたくしは何も悪いことしていないんですもの。」
ギルバートは思わず口を閉ざす。
強がりではない。
ただ事実を口にしているだけ――
「もし、わたくしや家族に何かしてくるのでしたら……」
楽しそうに目を細めるベアトリーチェをみて、ギルバートは思わず小さく眉を寄せた。
「……ふふっ……最後に泣くのはあちらですわ。」
(珍獣……そんな可愛いものじゃないな……)
話をして、他の女と違うことはよくわかった。
「はぁ……お前はこんな要塞のような城でいいのか?」
ギルバートは呆れたように辺りを見回した。
分厚い石壁に、無骨な調度品。
城の中だけでもと改装はしてみたものの、華やかな王都とは程遠い。
隣国──ケルベリオン帝国との国境を守るためだけに作られた城だ。
今まで令嬢たちが、この要塞を見て逃げて行ったか分からない。
「皆、監獄みたいだ、と言って逃げて行ったぞ?」
その言葉に、ベアトリーチェはパチパチと瞬きをした。
「……どこがですか?」
「……は?」
「確かに見た目は要塞のように見えるかもしれません。ですが、左右対称に作られた城。簡単には壊れない強固な石畳。石畳にはバサルトが使われていますね?」
「バサ……なんだって……?」
初めて聞いた言葉にギルバートだけでなく、ハンスやアリスターたちも首を傾げる。
「バサルトです。マグマが急激に冷えて固まると、このような岩になるのです。見た目は黒く、威圧感がありますが、その分固く防壁にぴったりなんです。」
「そ、そうなのか。」
「はい……それに、小さな小窓からは陽の光が入るように細工がされていました。鏡で光を反射させて、城内が少しでも明るくなるように工夫されていたのでしょう。皆さんが守ってくださっているというのがよくわかりました。」
「そんな所を監獄だなんて……誰が思いましょうか。」
本気で理解できないと言わんばかりに、ベアトリーチェは首をかしげた。
「「「……」」」
室内が静まり返り、暖炉の薪が燃える音だけが耳に届く。
(今まで……そんなことに気づくやつはいなかったというのに……)
誰一人として城を褒めた女はいなかった。
“息が詰まる”
“冷たい”
“監獄みたい”――と。
だが、ベアトリーチェは違う。
石畳を見て、構造を見て、込められた意味を見ていた。
(……なんなんだ、こいつは。)
珍獣。
そう思っていたはずなのに、気づけばギルバートは、ベアトリーチェから目を離せなくなっていた。
「わかった……お前に最後に一つだけ聞きたい。」
「なんでしょうか。」
「ここには竜が現れることがある。あの山を越えてな。俺たちの中には竜と契約している者もいる。怖くは無いか?」
「……」
竜はこの地に古くから伝わる魔物の一種だ。その魔物が来るとなれば声を発することも出来ないだろう。
(……ほらな……)
「アリオン。やはりベアトリーチェ嬢にはこの役目は荷が重いんじゃ……」
「な、なんですって!?」
「この世界にはドラゴンがいるのね。しかも乗れるの?きゃー!!私も乗れるかしら。出来れば私もお友達になりたいわね……」
鼻息をふんふんと鳴らしながら早口で話すベアトリーチェを見て、ギルバートは開いた口が塞がらなくなった。
「……おい。」
「はい?なんですの?」
「お前、本当に公爵令嬢か?」
「ま、まぁ……失礼ですわね。これでもれっきとした公爵令嬢ですわ!」
ベアトリーチェはむっと頬を膨らませる。
その姿を見て、ギルバートは深く息を吐いた。
(……やっぱり珍獣だな。)
だが──
なぜか悪い気はしなかった。
「アリスター、アリオン。こいつは俺が預かろう。」
その言葉に、アリオンはニヤリと口角を上げた。
一方で、アリスターは肩を竦めながら小さく笑う。
「ふふっ……交渉成立、だな。」
「最初からそのつもりだったくせに……」
「書類などはどうしたらいい?」
「明日用意して父上たちが持ってくることになっている。」
アリオンは初めから決まっていたとばかりに一言だけ言った。
(……ったく……)
「昔から変わらないな……」
「それはこっちのセリフだ。」
ギルバートはアリオンたちと視線を合わせるとホッと一息ついた。
「ギルバート。妹をよろしく頼むよ。」
「まぁ、珍獣だからな……どこまで扱えるか分からないができるだけ頑張ってみるさ。」
「……?何の話ですか?」
「なんでもない。今日はもう遅いから泊まっていけ。」
ギルバートはハンスに三人を部屋へ案内するよう伝えると、そのまま応接室を後にした。
その背中を見送りながら、ベアトリーチェは首を傾げる。
「まっ……いっか……」
ベアトリーチェは冷めきった紅茶の最後の一口を飲みきると、兄たちに続いて応接室をあとにした。




