転移の痕跡
ルークが魔族領で新しい研究生活を始めていた頃。
王都近郊では。
アイリスとフェリシアが、彼の足取りを追っていた。
二人は森の中で、ルークが残した研究メモと足跡を発見した。
だが。
その足跡は、ある場所で突然途切れていた。
しかも。
そこには、何らかの魔術が使われた痕跡まで残っている。
二人だけでは、それが何なのか分からない。
そこで。
一度王都へ戻り、魔術に詳しい人物を頼ることにした。
◇
日が傾き始めた頃。
再び城門をくぐる。
「手がかりはあったけど」
アイリスが呟く。
「分からないことが増えたね」
「まあ、そういうものよ」
フェリシアは肩を回した。
「少なくとも、ルークが森まで来てたことは確か」
「うん」
「それで、その先で何かの魔術が使われた」
「問題は、それが何なのか」
「だから、そのエマって子に聞くんでしょう?」
「そう」
アイリスは頷いた。
「後輩なんだっけ」
「一つ下」
「信用できる?」
「魔術のことなら」
エマがいたのは、王都の外れにある小さな魔術工房だった。
看板は出ているものの。
窓際には魔導具や工具が積み上げられ、店というより作業場に近い。
その奥で。
明るい橙色の髪をした少女が、一人で魔導具を分解していた。
「エマ」
「……アイリス先輩?」
「久しぶり」
「久しぶりですね」
エマは立ち上がる。
それから。
隣のフェリシアを見る。
「そちらは?」
「フェリシア。勇者軍の騎士」
「どうも」
「で」
エマはアイリスへ視線を戻した。
「今日はどうしたんです?」
「調べてほしいものがあるの」
「魔術関係?」
「ええ」
エマの目が少しだけ輝いた。
「詳しく聞かせてください」
アイリスは、ルークが研究院を追い出されたこと。
王都を出たこと。
森で痕跡を見つけたこと。
そして。
足跡が突然消えた場所に、魔力の残滓があったことを説明した。
「それで、そのルークって人を探してるんですね」
「うん」
「学院の同級生なんですか?」
「私とフェリシアじゃなくて、私とレオンハルトの同級生」
「じゃあ、私の一つ上か」
エマは少し考える。
「……知らないですね」
「まあ、そうだと思う」
「有名な人だったんですか?」
「全然」
「全然なんですか」
「目立つタイプじゃなかったから」
「それなのに探してるんですね」
「色々あってね」
エマは少し気になったようだったが、それ以上は聞かなかった。
「それで」
アイリスが続ける。
「一緒に来てもらえる?」
「さっき言ってた、魔力が残ってる場所ですか?」
「うん」
「行きます」
即答だった。
翌朝。
三人は再び王都を出た。
昨日と同じ森へ入り。
ルークの足跡が途切れていた場所まで戻る。
「ここ」
アイリスが示す。
エマは何も言わずしゃがみ込んだ。
地面へ手をかざす。
しばらく。
沈黙。
「……なるほど」
「分かる?」
アイリスが尋ねる。
「少しなら」
エマは目を閉じたまま答える。
「魔力そのものは、もうかなり薄くなってます」
「時間が経ってるから?」
「それもあります」
エマはゆっくりと手を動かした。
「でも、魔力の流れがおかしい」
フェリシアが眉をひそめる。
「何かの魔術を使ったから?」
「それは間違いないと思います」
「何の?」
「そこまではまだ」
エマは地面を見つめる。
「ただ、ここまで魔力の流れを乱すなら、かなりの量を一気に使ったはずです」
「かなり?」
「学院で扱うような術とは比べものにならないくらい」
アイリスの表情が曇る。
「じゃあ……」
「まだ断定はできませんけど」
エマは少し考えた。
「転移系の魔術なら、こういう痕跡が残ってもおかしくないです」
「転移?」
フェリシアの声が低くなる。
「ルークが使ったの?」
「本人とは限りません」
「じゃあ、誰かに?」
「それも分からないです」
エマは首を振った。
「本人の意思だったのか、強制だったのか。そこまでは痕跡だけじゃ読めません」
「……」
「ただ」
エマはもう一度周囲を見る。
「足跡がここで突然消えてる」
「うん」
「争った跡もない」
「ないね」
「それで、この魔力の乱れ」
一拍置いて。
「誰かがここで大規模な転移魔術を使ったと考えれば、一番つじつまは合います」
フェリシアが剣の柄へ手を置いた。
「そんな魔術を使える奴が、王都の近くにいたってこと?」
「そうなります」
「人間?」
「分かりません」
「魔族の可能性は?」
アイリスが聞く。
エマは少し黙った。
「あります」
「……」
「人間側で、これだけの魔力を使って転移できる人は、限られますから」
「じゃあ」
「まだ決めつけない方がいいです」
エマはすぐに言った。
「でも」
少しだけ目を細める。
「ルークさんが、自分の足でこの先へ行ったわけじゃない可能性は高いと思います」
アイリスは、足跡が消えた場所を見つめた。
ルークはここにいた。
そして。
ここで何かがあった。
「……もっと調べられる?」
「やってみます」
「お願い」
エマはすでに地面へ向き直り。
残された魔力の解析を始めていた。
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